『黒い海』は希望の物語でもある

 日本の潜水艦のすべてを知るキーマンに取材した第10章は、本書のハイライトだ。核心に迫るやりとりは、スリリングですらある。しかも本書の真骨頂は、息もつかせぬ謎解きの展開にばかりあるのではない。

 遺族や生存者、野崎社長をはじめとする第58寿和丸の関係者と伊澤さんとの対話では、一人ひとりの人生そのものが浮かび上がってきて、それが読む者の胸を打つ。

「事故後、東日本大震災や原発事故があって、船主の野崎さんたち福島の海で生きている人たちは、さらなる苦難を押し付けられている。それでも、次の世代のことを思いながら、なんとか希望を見出し、前を向いて必死に生きようとしています。だから、一つひとつの言葉が重い」

『黒い海』は、第58寿和丸の事故原因を追うミステリーでありながら、同時に「不条理」という苦境に立つ人々の人生や生き様も描いている。

「『国』と、国に翻弄される人々。そういう人たちの存在も、伝えることができればと思っています」