岩礁もない洋上で突然1隻だけ、一瞬で転覆、沈没

「え? って。事故調査も不自然で、と聞いて、自分の中に引っかかるものがあった。これは何かとんでもないものに行きあたりそうだという直感ですね。太平洋の只中、岩礁もない洋上で突然、船団の中の1隻だけが、一瞬で転覆、沈没したんです。

 生存者は3名のみ、4名が死亡し13名は今も行方不明のまま。これだけの大きな事故だというのに、私自身、まったく記憶になかったし、おそらく世の中のほとんどの人も覚えていない。そのことにも疑問を感じました」

 そこから3年にわたる地道な取材活動が始まったのである。

黒い海 船は突然、深海に消えた』(伊澤理江著、講談社)

 生存者をはじめとする関係者に話を聞き、事故調査報告書を読み込み、専門家を探して疑問を一つひとつ解き明かしていく。事故から10年以上が経ったなかでの取材は困難を極めた。

「調べていくと、第58寿和丸の事故は、事故直後こそ注目されたものの、原因がはっきりしないまますぐに報道から消えていきました。事故に関する公表資料が限られていたため、事故の詳細を資料からたどれない。助かった3名の証言が貴重なものとなりました。彼らは船体に2度の大きな衝撃があったと話しています。1回目は『ドスン』、2回目は『ドスッ』『バキッ』という構造物が壊れるような音」