海を覆う真っ黒でドロッとした油
転覆直後から、海は大量の油で真っ黒になっていたという。その正体とは一体何なのか。
「生存者によれば、転覆直後から広範囲にわたり真っ黒な油が広がっていたと言います。仲間の船もすぐに現場に駆けつけていますが、遺体も真っ黒でヌルヌルと滑り、ロープを使わないと引き上げられなかったそうなんです。船の底には燃料油が積まれていますが、船の構造上、単純に転覆しただけでは大量の油が一気に漏れ出ることはありません。当事者たちも専門家も、何らかの原因で船体が破損して、船が沈んだと考えるのが自然だと考えていました」
「船底から突き上げるような衝撃があった」「船体が破損したとしか思えない」「海は船から漏れた重油で真っ黒になっていた」という生存者の証言。当時の新聞記事にあった、事故調査を担当した関係者の「状況から見て潜水艦による衝突以外の可能性は考えにくい」というコメント。それでも、事故から3年近く経った2011年4月、東日本大震災直後に公表された運輸安全委員会の事故調査報告書に記されていたのは、原因は「波」という結論だった。
「第58寿和丸は福島県いわき市の船です。船主である野崎社長は福島県魚連の会長も務めている。原発事故も起き、福島の漁業をこれからどうしていくのか、そんな大混乱の中心にいました。報告書が示す原因は、第58寿和丸の漁具の積み方が悪く、船がもともと傾いていたところに大波が打ち込んだ。さらには放水口も機能していなかったため転覆した可能性が高い、という内容です。関係者らはこの内容を見て、皆、唖然としたと言います。証言は聞き入れられず、『波』という結果ありきの調査だったのではないか、と」