経団連が「ハラスメント禁止法」に後ろ向きなワケ

津野:職場のハラスメントについては、経営者からの反発が強いためでしょう。「短納期の強要」「仕様書外の仕事の依頼」「突発的な残業要請」などは、日本企業では当たり前に行われています。海外ではこれらはパワハラに相当するものですが、日本でこういった行為を禁止されると、事業がうまくいかなくなる。

 さらに、パワハラを容認したとして経営者側の責任が問われる。だから、ハラスメントを禁止する法律が整備されることを、経営者側は恐れているのだと思います。

 2019年に、国連の専門機関であるILO(国際労働機関)が「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」を採択しました。この採択において、ILO加盟国である日本は、政府に2票、日本労働組合総連合会(労働者代表)に1票、日本経済団体連合会(いわゆる経団連、雇用者代表)に1票が与えられました。

 しかし、日本政府、日本労働組合総連合会は条約の採択を支持したのに、経団連は棄権しました。ここからも、経団連がパワハラを禁止する法律の整備に賛成でないという姿勢が見て取れます。

──パワハラ防止法により、パワハラの雇用管理上の措置(予防・解決対策のための社内ルールを整備・周知すること)が義務付けられました。しかし、措置を怠った雇用者側への罰則規定はありません。罰則規定のない法律は、パワハラ防止にどの程度効果があるのでしょうか。

津野:措置を怠った企業には、厚生労働大臣が必要だと認めた場合、指導、ないしは勧告が行われます。それでも改善がみられない場合、企業名が公表されます。これによって企業の評判が落ちる。いわゆる「レピュテーションリスク」が、罰則の代わりの効力として働くのではないかと考えています。

 厚生労働省が公表している「労働基準関連法令違反に係る公表事案」、いわゆる「ブラック企業リスト」と同じようなイメージです。

 また、法律が整備されたことで、訴訟となったとき敗訴する可能性が高まったということも、パワハラ防止法の一つの効果ではないでしょうか。

 さらに、パワハラ防止法が施行されることを踏まえ、2020年6月に厚生労働省は「心理的負荷による精神障害の認定基準」の改正を行いました。これにより、職場における心理的負荷評価表の項目に「パワハラを受けた」という項目が追加され、パワハラの申請件数が一気に増えました。心理的負荷の評価基準の中に「会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合」という記載が加わったためです。

 これも、抑止力の一つとして働くのではないかと期待しています。