コメ関税ゼロで日本農業が再生する理由とは(写真:beauty_box/イメージマート)
「1本5000円のレンコン」をヒットさせた現役農家で民俗学者の野口憲一氏が『コメ関税ゼロで日本農業の夜は明ける』(新潮新書)を上梓した。令和のコメ騒動では外国産米の輸入に対して批判の声も上がったが、野口氏は「日本の農業が競争力を取り戻すためには、関税の撤廃がいい機会になる。むしろ、このチャンスを生かすべきだ」と語る。
(湯浅大輝:フリージャーナリスト)
コメ関税ゼロで日本農業が再生する理由
──野口さんは成功した現役の農家として、さらに民俗学者として「コメ関税ゼロ」が日本農業再生の契機となる、と力説されます。なぜですか。
野口憲一氏(以下、敬称略):コメに限らず、国内需給だけに着目した農業生産だけをこれ以上続けると、日本の農業が立ち行かなくなると考えるからです。
今の日本の農業をめぐる根本的な問題は「日本の農業に魅力がなさすぎる」という点にあると思います。令和の米騒動でコメの生産量不足が叫ばれたのも、農家の高齢化・離農者などの問題も、ほとんどがこの一点に収斂すると私は考えます。
なぜ農家になりたがる人が増えないのか。最大の理由は、農業という職業の価値が社会的に求められていないからでしょう。日本の農政は国内需給を満たすことに傾斜しすぎるあまり、競争力をつける、つまり個々の農家が独自性を活かして「儲ける」ことを重視していないきらいがあります。
私が「農家のソフト」と呼ぶ、高品質な農作物を作るために必要不可欠な暗黙知も、国内外の市場で価値として訴求できるようにパッケージ化されていない。
私の言う「農家のソフト」とは、「今年は虫が多い」「この葉の反り方は雨の前兆だ」と感じ取る能力のことで、マニュアル化や数値が難しいものの、高品質の作物をつくるために必要不可欠な知性です。
これは、身体を通した経験則や共同体で継承してきた自然観・実践の積み重ねによって身につくものです。全てが機械に代替できるわけではありませんが、逆にAIをはじめとする最先端科学の利用により新たな農家のソフトが生まれる可能性もあると私は考えています。
野口 憲一(のぐち・けんいち) 1981(昭和56)年、茨城県新治郡出島村(現かすみがうら市)生まれ。株式会社野口農園取締役、民俗学者。日本大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。博士(社会学)。著書に『コメ関税ゼロで日本農業の夜は明ける』『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』『「やりがい搾取」の農業論』がある。
しばしば市場主義の視点から批判されている農協(JA)には、むしろ「農家のソフト」を継承・発展させるための装置として機能して欲しいと思っています。また、農協が市場原理だけでは淘汰されてしまうような経済規模の小さいニッチな作物の栽培を守ってきた側面も忘れてはならないと思います。例えば食用菊とか早春のそら豆とか万願寺唐辛子とか。
完全に市場原理だけに任せると、アメリカのように機械だけで作りやすい品目だけが残りますよね。小麦、大豆、トウモロコシ、みたいな。日本食が評価されているのは、日本の食文化があってこそ。この点を無視するとコメを含めた日本の農作物は国際競争力を失うと思います。
私が言いたいのは、日本の食文化をもっと積極的に海外に販売していかなければ、内需が縮小し続けている今後の日本農業界はジリ貧に陥るだけで未来は見通せないということです。
そこでコメ関税を撤廃し、輸入米を受け入れる代わりに、アメリカやヨーロッパ、インドなどの国々の関税障壁も取り払って貰えるよう交渉する。これらの国々のアッパーミドル層に積極的に日本のコメを売っていく。そうすれば、日本の農家も本当の競争に直面し、「どうやって儲けるか」を真剣に考えざるを得なくなる。
コメ関税ゼロは一見劇薬のように思われますが、実は今の日本のマクロ環境を考えたとき、非常に効果的な一手だと考えるのです。
──令和の米騒動発生時、コメ関税を下げて輸入米を受け入れるべき、と主張した識者もいましたが、「食料安全保障を考えているのか」という批判を受けていました。