プロレスラー武藤敬司(2019年11月15日、写真:平工幸雄/アフロ)

(栗澤順一:盛岡市の名物書店「さわや書店」書店員)

 私は盛岡の小さな書店「さわや書店」で書店員をしています。「今後書店はどうしていくべきか」を日々考える中で、プロレスと魚屋にそのヒントがあることに気づきました。

 ところで、いま原稿を書いている2023年2月21日は、プロレスラー武藤敬司引退試合が行われる日です。

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 岩手県に朝日テレビ系列の放送局ができたのは、私が社会人になってからだ。そのため幼少期から全日本プロレス中継には親しんできたが、新日本プロレスには馴染みがなかった。武藤敬司の全盛期をリアルタイムで目にしたことはない。

 ただ私が好きだった故・三沢光晴選手の永遠のライバルとして、常に気になる存在だった。

 なかでも強く印象に残っているのは、1995年10月9日の東京ドームだ。「新日本プロレス VS UWFインターナショナル全面対抗戦」のメインイベントにおいて、武藤が高田延彦に勝利した試合である。ドラゴンスクリューからの足4の字固め、といういかにも古典的なプロレス技で高田からギブアップを奪った。

1995年10月9日の「新日本プロレス VS UWF」メインイベント、武藤敬司と高田延彦(写真:平工幸雄/アフロ)

 ロープワークや飛び技を拒否し、総合格闘技の流れを全面に打ち出したUWF神話を、武藤は純プロレススタイルで見事に打ち砕いたのである。

 総合格闘技の行き着く先は、言うまでもなく相手を倒すことだ。そのために身体を鍛え、技を磨き、心を整える。いかに相手の攻撃を避け、致命傷を与えるかをひたすら追求していく。そこには自分と敵しか見えず、お客さんの存在は二の次だ。

「様式美」がお客さんを満足させる

 それに対しプロレスは、総合格闘技のエッセンスを魅せる役割を担う。鍛えた身体で、磨いた技や整えた心を披露する場である。この場合、技を成立させるためには受け手が必要なため、自然と対戦する二人の共同作業になっていく。