ハイブリッド戦対応など新しい形の安全保障が求められている(写真は陸上自衛隊の富士総合火力演習、陸上自衛隊のサイトより)

1.はじめに

 12月16日に、いわゆる戦略3文書、すなわち「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」が閣議決定された。

 これを巡って各種メディアが解説記事を載せ、有識者がコメントを寄せている。

 しかし、これらを読むにつけ、本当にこれらの文書の真の戦略的意味が世の中に理解されているのかと心配になる。

 2013年に旧「国家安全保障戦略」が策定されて以来、日本の安全保障政策には、戦後最大とも言える大きな変化があった。

 2015年の平和安全法制の制定によって、それまでは政府が違憲であるとしていた集団的自衛権が、憲法解釈の変更によって行使可能になったのである。

 したがって、今回新しく「国家安全保障戦略」が策定されるに当たっては、この安全保障政策の大転換が反映されてしかるべきであり、実際に反映されている。

 ところが、この点についての指摘と、それが今後の日本国民の安全にどのように関わってくるかについての展望が、世の中に示されていないという点が、心配になる1つ目の点である。

 2つ目に心配な点は、今回の3文書で示されているサイバー防衛、偽情報拡散への対応、経済安全保障などは、総合的な国力による戦略的アプローチだと記述されているにもかかわらず、世間的には個別に受け止められるだけで終わっていることである。

 これらの各分野は、今世界を脅かしている軍事・非軍事にまたがるハイブリッド脅威に対するトータルな対応の一部としてこそ意味があり、それぞれを切り離して理解したのでは不十分なのだということが、十分認識されていないように感じる。

 今まさに生起しているロシアによるウクライナ侵略にしても、ウラジーミル・プーチン大統領がもともと狙っていたのは、現在ロシア軍が苦戦しているような泥沼の本格的軍事戦争ではないだろう。

 各種手段を駆使したハイブリッド戦争によって、10日程度の短期間でウクライナに親ロ派政権を樹立することが、プーチン大統領の当初の狙いであったと思われる。

 ウクライナは米英などの支援を受けて、予測されていた各種のハイブリッド脅威に的確に対処することができたので、緒戦において、このロシア側の狙いを挫くことができた。

(この点に関して詳しくは、拙著『ウクライナ戦争の教訓と日本の安全保障』(神余隆博氏との共著、東信堂刊)を参照されたい)

 このように、世界秩序と各国の安全を脅かすものとして、ハイブリッド脅威が大きく立ち現れてきているという安全保障環境の変化を受けて、日本としてもこれらに総合的に対処しなくてはならないという戦略的判断の下で示されているのが、各個別分野における対策なのである。

 集団的自衛権をどのように行使するのか、ハイブリッド脅威にどのように対処していくのか、この2つの戦略的な問題意識を抜きに今回の戦略3文書を読むのでは、今後の日本の安全保障政策の焦点を的確に掴むことはできない。