技術的な話や専門的な話を”素人”に伝えるのは難易度の高い作業だ。数字に疎く、論理性や客観性に乏しい文系人間にイラついた経験を持つエンジニアも多いのではないか。だが、相手に伝わらないのは伝える方にも問題がある。大手電機メーカーで技術系の専門用語に苦しみ、子どもなど社外の素人に自社の技術やサービスを伝えてきた著者が、専門的な内容を素人に伝えるコツをお伝えする。
( 深谷 百合子:フリーライター)
技術系の専門用語って、どうしてこんなに難しいのだろう?
「凝集沈殿」「フロック」「脱水ケーキ」……。言葉の意味を調べると、「コロイド」だの「帯電」だのと新たな専門用語が出てきて、頭の中は大混乱だ。
25年前、化学系の出身でも工学系の出身でもない私が、大手電機メーカーで水処理の仕事をすることになった。全く畑違いの分野である。
次々と出てくる専門用語は意味不明。調べても調べても、言葉のイメージが湧かない。結局、「そういうものだ」と無理やり自分を納得させ、言葉だけを覚えていく作業を繰り返していた。
ある日、その「凝集沈殿」の実験に立会う機会があった。ビーカー内の排水に薬品を注入してかき混ぜると、今まで透明だった排水が茶色く濁った。さらに別の薬品を注入した瞬間、茶色の大きな塊が現れて、みるみるうちにビーカーの底へ沈んでいった。
「これが凝集沈殿というものか!」
私の頭の中で、言葉とイメージが一致した瞬間だった。「分かる」とはこういうことなのだと思った。
「伝わる」の第一歩は、「イメージできること」である。その分野の専門家ではない人、子どもや外国人など、自分とは異なる立場の人たちに、専門的な内容が伝わるにはどうしたらよいか。
私自身が経験したエピソードを交えながら、3つのコツについて紹介する。
1.数字はイメージできるものに置き換える
「地下350m」と聞いて、その深さをどれだけイメージできるだろうか。350mの深さと聞いて何となくその深さをイメージできるのは、キンメダイなどの深海魚を釣った人や潜水艇を操縦した人くらいかもしれない。
先日私は、とある研究施設を見学した。その施設には、地下350mのところに実験施設があり、地下350mというスケール感を伝えたいが、数字だけではイメージできない。
そこで350mに近い高さを持つもので、多くの人が知っているものを思い浮かべてみた。例えば、東京タワーは333m、大阪のあべのハルカスは300mである。それらが丸ごと地下に埋まっていると想像すると、少しはそのスケール感が伝わるかもしれない。
地下に潜るという意味では、JR京葉線の東京駅の深さと比べてみたらどうだろうか。JR京葉線東京駅の地表からの深さは約30mなので、地下350mというのはその10倍以上の深さになる。
京葉線のホームまでの、あの長いエスカレーターに乗ったことのある人なら、地下350mというのがどれほどの深さであるのか、感覚的にとらえやすいと思う。
「数字」というのは厳然たる「事実」であり、特に技術分野においては重要な情報である。けれども、イメージがしにくい。
「地上22mの高さです」と数字だけ伝えられるより、「地上22mの高さで、7階建てのビルと大体同じ高さです」と言われた方が伝わりやすい。「数字」はイメージできるものに置き換えると伝わりやすくなるのだ。
ここで気を付けたいのは、「伝えたい相手が誰か」という点である。