DNAの二重らせん(提供:アフロ)

 遺伝子組換えに、ゲノム編集、DNA検査──。今や「遺伝子」という言葉は、我々の身近にあふれている。遺伝子がわかれば、自身の疾患リスクや体質を知ることができる。予防医療にも大いに役立つ。自費で遺伝子検査やDNA検査を受けたことがある人もいるだろう。

 しかし、「遺伝子」とは何なのか。「DNA」と何が違うのか。この質問に明確に回答できる人はそう多くない。

 遺伝子の研究はなぜ始まり、どのような道を辿ってきたのか。最新の研究において遺伝子はどのように捉えられているのか。『遺伝子とは何か? 現代生命科学の新たな謎』を上梓した、神戸大学大学院農学研究科教授(細胞機能構造学)中屋敷均氏に話を聞いた。(聞き手:太田 あずさ、シード・プランニング研究員)

──本書では、「遺伝学の夜明け」として、グレゴール・ヨハン・メンデルが行ったエンドウの交配実験とそれにより発見された「メンデルの法則」が紹介されています。メンデルが行った実験の特徴と、それが後世に及ぼした影響について教えてください。

中屋敷均氏(以下、中屋敷):メンデルは「遺伝学の祖」と呼ばれる人物です。19世紀半ばに、エンドウ(マメ科植物)の交配実験を行い、遺伝の法則性を発見しました。

 メンデルが行った実験は、形質(生物の持つ性質や特徴)が異なるエンドウを交配して、その形質がどのように子孫に伝わるのかを調べる、という至ってシンプルな実験です。

 例えば、「黄色の豆、あるいは緑色の豆をつける2種のエンドウをかけ合わせると、子世代の豆の色は何色になるか」といった実験です。

 メンデルが実験を行う以前から、いろいろな研究者が同じような実験を行っていました。しかし、メンデル以前の研究者で遺伝の法則性を見出した者はいませんでした。

 なぜメンデルだけが法則にたどり着けたのか。それは、彼が「注意深く、丁寧に仕事をしていたから」という理由につきると思います。

 メンデルの実験では、主に二つの点が重要でした。

 まずメンデルは、交配実験を始める前に、何を実験に用いるかという「材料作り」をとても重要視しました。他の品種と交配しなくてもいろんな形質が出てきてしまう材料は使いにくいので、純系と呼ばれる形質が安定した品種を、自家受粉を繰り返して作り出したのです。

 その確立に、メンデルはなんと2年もの歳月を費やしました。そうしてようやく交配実験をスタートさせます。

 もう一つの重要な点は、遺伝の法則が見つかりやすいような形質を注意深く選び出し、そこに着目したということです。これが、彼とそれまでの研究者の大きな違いです。

 メンデルの最大の功績は、遺伝には、形質を支配する因子が存在しており、ある種の法則にのっとって、その因子が子どもに伝えられて遺伝が起こる、ということをデータとしてはっきりと示したこと。この因子が、その後の遺伝子の概念につながっていきます。