松田広子氏による「死者の口寄せ」の風景。イタコ文化は消えつつある(写真:Aya Watada、以下同)

 イタコとは、青森県に実在する女性の霊媒師である。イタコにはさまざまな役割があるが、広く知られているのは、ホトケ(死者)の魂を降ろして憑依させ、ホトケの言葉を自らの口を通して伝える「口寄せ」だろう。

 昭和40年代、50年代の最盛期には、南部地方だけで数十人のイタコがいた。夏と秋に開催される恐山(おそれざん)の大祭の際には、口寄せの順番を待つ相談者で長い行列ができた。だが、高齢化が進んだこともあり、常時活動しているイタコはわずか4人に過ぎない(青森県いたこ巫技伝承保存協会が歴史的伝統的イタコと定義している人数)。

 しかも、本来の姿である目の不自由なイタコは、90歳になる中村タケさんただ一人である。

 タケさんは今なお精力的に来訪者の相談に乗っているが、年齢を考えれば、近い将来、引退する日が来るのは避けられない。「最後のイタコ」として知られる松田広子さんは若く、今後の活動が期待できるが、イタコを養成する師匠イタコは絶えて久しく、その後に続く者が誰もいない。

 蛙企画は、イタコという地域の生活に根ざした文化を記録し、広く伝えるため、中村タケさんなど歴史的伝統的イタコを軸にした写真集を制作している(写真は、国際的に活躍するフォトグラファーの和多田アヤ氏)。

 写真集では、タケさんによる口寄せの記録やインタビューに加えて、イタコの歴史やイタコを成立させている日本人の霊魂観、イタコの役割の一つである「オシラサマアソバセ」、イタコが集まる「イタコマチ」についても論じている。

 今回、クラウドファンディングの実施に際して、5回にわたって「イタコのいる風景」をご紹介する。1回目は、青森県いたこ巫技伝承保存協会・江刺家均会長に、イタコの現在地を聞いた。(聞き手、篠原匡:作家、ジャーナリスト、編集者、蛙企画代表)

※写真集の詳細については以下をご覧ください
失われていくイタコ文化を後世に遺したい!写真集製作プロジェクト(https://readyfor.jp/projects/90007)

ドキュメンタリー「Talking to the Dead」

──青森県いたこ巫技伝承保存協会は青森県、とりわけ南部地方に広がるイタコ文化の保存と伝承に務めています。そもそも、イタコとはどういう存在なのでしょうか。

江刺家均(以下、江刺家):今でこそ、みなさんがイメージするのは「死者の口寄せ」だと思いますが、もともとは集落の人々の相談に乗る地域のカウンセラーのような存在です。

 それこそ嫁姑関係や夫婦関係の相談に始まり、健康、揉め事、引っ越しなど身の回りの相談事があれば、専門家のところに行く前にイタコのところへ相談に行った。この辺りは医者もいなかったので、病気などの相談でイタコを訪ねることも少なくありませんでした。

 もちろん、ただのカウンセラーではありません。イタコは常に先祖の霊、死者の言葉を通して相談相手に語りかけます。言い換えれば、イタコは神様、仏様を背負って仕事をしていた。それゆえに、相談者も、本音のすべてをさらけ出さざるを得ない。嘘をついたり隠し事をしたりすれば、罰が当たる可能性もありますから。

──死者の口寄せだけではないんですね。

江刺家:そうです。こういった日々の悩み事相談の他に、お盆や彼岸の時期に死者の口寄せを、1月の小正月の時期にはオシラサマアソバセの儀式を担っていました。

オシラサマを持つ青森県いたこ巫技伝承保存協会・江刺家均会長

 オシラサマというのは、青森県や岩手県、宮城県の県北部などで信仰されていた、男女一対の屋敷神のこと。オシラサマアソバセは、1月の小正月の時期に家々に祀られたオシラサマを出して遊ばせる、神様を「起こす」儀式です。

 昔は口寄せだけをするイタコ、オシラサマアソバセだけをするイタコ、お祓いと加持祈祷だけをするイタコなど、さまざまなイタコがいましたが、オシラサマ専門のイタコは2000年前半に絶えてしまいました。今は、松田広子がオシラサマアソバセを始めています。