いまのマネジメント層は、怒られて育った世代である。

 感情を抑制し、言語化を通じた部下指導・育成などを教わった人は皆無だろう。いずれ、日本でもOECD最下位クラスの人財育成コストが見直され、具体的な指導方法が整備されていくだろう。

 重要なのは、この過渡期に指導したくても言語化できない上司と、的確な指導をしてもらえない部下の不幸な関係が生む不利益をどこまで減らせるかだ。

*写真はイメージ

伝えられない上司の不利益

 私が仕えてきた上司の方々を振り返ると、タイプは2つに分かれる。

 一方は「そんな仕方では将来困るぞ!」と親身になって叱ってくれるタイプ。自分への優しい思いが伝わるので、当方もどこかで不出来の申し訳なさと感謝の気持ちが湧いてくる。どうにか成長しなければとあれこれ考えもする。ただ、やや一方的であったり、具体的な方法論が言語化されていたりするわけではないので、いまの時代には理解されづらい上司ではないか。

 もう一方の、穏やかに理屈立ててあるべき姿や努力の仕方を説明してくれる上司だと「ラッキー」と思ったものだ。声を荒らげないので、当方も慌てずに話が聞け、学びも多いし納得感もある。時には小さく反論することで、自分の考えも整理されていった。いまの時代にも変わらず通用する上司像だ。

 私のドタ勘で恐縮だが、いまでもそうした上司の比率は、前者が7割、後者が3割だろう。

 部下への思いはあっても言語化に慣れていない上司が、昨今は慎重になり、部下への本音のコミュニケーションが減っていく。若手は成長の機会を失っていく。こうした上司に当たった若者の中には、自己流の癖が強すぎて、その組織でしか通用しないガラパゴス化している人もいる。

 早いうちに軌道修正しないと、折角の原石が、泥をかぶったまま終わりかねない。