余談だが、ヤフーには「斜め会議」という仕組みがあるという。ある部署の社員に、別の部の部長が匿名を条件にインタビューを行う。その上で、話を聞いた部長が当該部署の部長に改善点を提案するのだ。上司の多くは「ウチに問題はない」と思い込んでいるが、ほとんどの場合「あいつは大切な報告をしているのに目も合わせない」などボロクソに言われてしまう。

「Mind Weather」でも同じことが起こった。しかし守井氏は、この匿名の部分に重要なことがあるはずと考え、アプリに搭載しておいた動画を送れる機能を使い、全社員に「経営者も人間だから、批判や指摘ではなく、よりよく変わる建設的な意見だとモチベーションも上がります」と切々と述べたという。

「これにより、匿名のメールの内容がガラッと変わり“オフィスが暑い”とか“ウチの部は休みがとりにくい”といった話になりました。これに地道に対処したためか、現在はほぼ、悪口は見ません」

組織の風土改革で離職者が減少

 この広い世界に100点の会社などない。だが、改善に積極的な会社とそうでない会社があり、前者には人が留まって、後者は人が去って行く。すなわち、この「Mind Weather」は、改善に積極的になることで社員の絶望感をなくすアプリなのだろう。

「その通りで、匿名であっても、投稿した本人は首を長くして返事を待っていますよ。対応が遅いと“4月までに駐輪場を設置してくれるはずでは?”などと、また匿名のメールが飛んできます(笑)。あわてて、事情があって遅れたことを説明しましたが・・・これ、言えるからいいんですよ。

 たまに“目安箱”のようなものを設置して、幹部が社員の意見を聞きます、としている会社もありますが、実際、意見が言える人は少ない。でも『Mind Weather』は毎週のことなので、自然と言いたいことが言える風土ができるんです」

 守井社長はその後も離職防止のための手を打っていった。オンラインカウンセリングの受付フォームや災害時の安否確認機能をつけるなど機能を改善し、同時に、運用方法も改善した。

「取引先に、中間管理職に就任したら部下の問いに100回答える、という社員教育を行う企業があります。部下に『なぜ私がこんな仕事までしなければいけないのか』などと言われた時にどう返すのかシミュレーションを行うのです。当社では『Mind Weather』に書かれたことを実例に、中間管理職の研修を行っています。同時に、運用も今は私の手を離れ、役員が行い、私が対応すべきことだけが私に届きます」

 そして、これによりビック・ママの離職者はほぼ半分に減少した。その後、販売を開始すると、別の企業でも離職者が半分以下になっていった。守井氏いわく、社員数50人以上、もしくは10以上の拠点があって、社長が「風通しをよくしたい」と思う企業であれば試してみる価値がありますよ、とのことだ。

「販売先にはアプリを提供するだけでなく、コンサルティングも行っています。基本方針は、問題は社員とともに解決する、ということです。経営者対社員という構図にせず、社員に“この問題、どうしよう?”と問いかけ、一緒に解決への道のりを考えることで、問題解決の場は教育の場、さらには帰属意識を高める場にもなります」

 要するに世界は変わっていて、企業は今や、被雇用者に幸福を提供せねば生き残れないのだ。守井氏は最後に、これは「SDGs(※)」にも関連する問題だと話す。

(※)持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)

「今は、お客様も、社員も“社会を悪くする企業の商品は選ばない”“そんな会社に就職しない”という意識をお持ちです。様々な企業がSDGsに協賛しているのは、そのほうが企業としても利益を出せるからでしょう。であれば、社員の胸の中に眠っている“言いにくいけど言いたいこと”を顕在化し、問題になる前に対処していいたほうがいいですよね。目の前にいる社員を幸せにできている企業こそ、SDGsにある“平和と公正” “平等” “働きがい”を実現できている企業なわけで──」

 考えてみれば、多くの企業が「お客様相談室」を設けているのに、なぜ今まで「社員様相談室」がなかったのだろうか。守井氏のアプリは、令和の世の中の“組織のあり方”に一石を投じているはずだ。