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(文:佐藤健太郎)

今年4月、豊田中央研究所が「人工光合成」に成功したニュースが話題に。なぜ「人工光合成」が注目されるのか。『炭素文明論』の著作もあるサイエンスライター佐藤健太郎氏が解説する。

 2021年4月、「豊田中央研究所が世界最高水準の人工光合成に成功」というニュースが大きく報じられた。SDGsやCO2削減といった言葉が世に溢れる中、この件は科学系のニュースとしては珍しいほどの反響があった。

「人工光合成」は現代化学の最重要テーマの一つであり、アメリカでは1億ドルレベルの予算がつけられたプロジェクトが複数走っている。日本では、2010年にノーベル化学賞を受賞した根岸英一氏も人工光合成のプロジェクトを立ち上げた他、東芝やパナソニックも力を入れている。なぜ、世界中が注目する「夢の技術」と呼ばれるのか。『炭素文明論』の著者が、その意義と今後の展望を、ごく基礎的なところから解説する。

「脱炭素」というキーワードで見失うもの

 近年、「脱炭素社会」という言葉が盛んに使われるようになった。ただし、有機化学(炭素を中心とした化学)の研究歴を持つ筆者のような者からすると、この言葉には大いなる違和感がある。炭素を抜きにしては、社会も文明も一切存在し得ないからだ。

 他のあらゆる元素とは異なり、炭素はお互いに長くつながり合って安定な分子を作ることができる。酸素や窒素が、3~4個もつながり合うと不安定になり、爆発分解してしまうのとは対照的だ。このため炭素は、極めて多彩な物質群を作り出すことができる。これまで発見され、作り出された物質の8割は、炭素を含んだ化合物だ。100以上もある他の全元素が束になってかかっても、炭素の作り出す物質世界の足元にも及ばないのだ。

 我々の体を構成するDNAやタンパク質、脂肪などや、木材、紙、プラスチック、アスファルトなどの重要材料も、みな炭素が骨格を成している。本当に「脱炭素」などしてしまった日には、文明社会どころか全生命が成り立たなくなってしまうのだ。

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