まず、投票用紙の不正処理を主張し(失敗)、集計機の不正操作を主張し(失敗)、州議会による選挙結果の確定を阻止しようとし(失敗)、各州の選挙ルールが不正だったとして、連邦上下院における選挙結果確定を阻止しようとした(やはり失敗)。
荒唐無稽な選挙不正説をトランプに吹き込んだのは、個人弁護士のルディ・ジュリアーニ(元ニューヨーク市長)、シドニー・パウエル(元エンロン弁護士)、リン・ウッド(美少女ジョンベネ殺人事件の両親の弁護士)、ジェナ・エリス(元田舎の交通事故専門弁護士)、そして三流経済学者のピーター・ナバロだ。
彼らの主張はツイッターやフェイスブック、さらにはパーラーなどの陰謀論ソーシャルメディアを通じて、どんどん広がっていった。
激減した陰謀論のトラフィック
危機感を抱いたツイッター社は、ようやくトランプと側近の選挙不正に関するツイートに警告を入れるようになった。、そして1月6日の連邦議事堂乱入事件以降は、トランプのアカウントを完全に停止した。フェイスブックやYouTubeなどのソーシャルメディアも同様の措置をとった。パーラーはアマゾンのサーバーを使えなくなり、サービス停止に追い込まれた。
大手ネットワーク局もトランプの発言を垂れ流すことをやめた。それまではトランプの会見に、画面を分割してファクトチェックを入れるなどの工夫がされてきたが、トランプの言動をそのまま流すこと自体をやめた。トランプは(歴代大統領のように)ホワイトハウスの広報室を通じて声明を発表するしかなくなった。
するとどうだろう。陰謀論のトラフィックが激減し(調査会社「ジグナル・ラボ」によると73%減)、ネットの世界がびっくりするほど静かで平和的になったのだ。あたかもトランプ自身が静かになったかのように。
実際は違う。退任直前の週末にも、トランプはジュリアーニや陰謀論を支持する大口献金者をホワイトハウスに招いたし、朝から晩まで側近を怒鳴り散らしていたという。だがそれは、編集を経た活字メディアによって、コンテクストと共に伝えられた。トランプの言葉や写真だけが、SNSで拡散することはなくなった。
その結果、バイデンの大統領就任式が行われた20日は、ワシントンでも全米の主要都市でも、大きな騒乱は起こらなかった。もちろん異例の厳戒態勢が敷かれたせいもあるだろうし、FBI(連邦捜査局)が6日の暴動の中心人物を急ピッチで逮捕していたためもあるだろう。
だが、多くの熱狂的なトランプ支持者は、リーダーの雄叫びが届かなくなると、急速に日常に戻って行ったように見える。言論の自由との関係で、定型的な対処法にはできないが、デマゴーグや虚偽情報に対する最も効果的な対策は、嘘を発信するプラットフォームを与えないことが、ひとつ確認できたように思う。
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