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写真:AP/アフロ

(文:藤原朝子)

『フォーサイト』というウェブメディアで、ドナルド・トランプのツイートを毎日翻訳して、必要なら短い解説も書いてくれる人を探している――。

 そんな話が舞い込んできたのは、2018年9月のこと。飼いネコが危篤で、動物病院に泊まっていた晩のことだった。

 実は、2016年大統領選の予備選が始まったばかりの頃、別の媒体の依頼で、トランプのインタビューを翻訳したことがあった。インタビュー記事ではなく、インタビューの文字起こしだ。それは間違いなく、私が今まで翻訳したなかで最もチャレンジングな仕事だった。

 なにしろ、トランプの話には脈絡も具体性もなく、「ベリー、ベリー、ビッグ」「ソー・バッド」など、小学生のような(あるいはコメディアンのような)表現がちりばめられていたのだ。

 ああ、この人は、世界で起こっていることも、自分の国の仕組みも、全然知らないのだと思った。そして自分が無知であることを悟られたくなくて、何でもいいから言葉を並べているのだと感じた。

 ただ、それを翻訳するのは厄介だった。「ベリー、ベリー、ビッグ」を「非常に大きい」としてしまうと、トランプの語彙のなさが伝わらない。「とても、とても、大きい」では、翻訳に問題があると思われてしまう。げんなりしながら、数十ページの翻訳を終えた苦い記憶がある。

 だが、ツイッターなら文字数が限られているから、おもしろい仕事ができるかもしれない。「超訳っぽくしてほしい」という編集長のご希望も心強かった。ちょうど大学で現代米露関係を教えているから、情報収集の足しにもなるはずだ――。

 ところが、2018年11月に実際に引き継いでみると、トランプのツイッター訳・解説は、恐ろしく大変だった。

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