だが、今、ベトナムは経済的ジレンマに陥っている。ベトナムの貿易動向(2019年上半期)の国別ランキングをみると、対外貿易総額2454億8,000万ドルのうち、輸出国の第1位はアメリカ(275億ドル)、第2位は中国(168億ドル)、第3位は日本(97億ドル)だ。これに対して輸入では、第1位が中国(368億ドル)、第2位は韓国(229億ドル)、第3位は日本(88億ドル)となっている。貿易取引の一連の流れとして、中国から繊維、電子部品などの原材料を輸入し、ベトナムで縫製や工業製品の組み立てを行い、それをアメリカへ輸出するという「一方通行」の貿易構造になっている。換言すれば、中国から原材料の輸入をして成り立っている現在の貿易構造を転換しない限り、ベトナムは中国依存のくびきから逃れられないのである。
それに加えて、近年の米中経済戦争の余波がベトナム経済にも及んでいる。アメリカが中国製品の排除に乗り出したことから、ベトナムへ製造工場を移転させる中国企業が急増しているのだ。2019年の中国の対ベトナム投資額は174%増加し、なかでも新規投資額は前年同期比で411.1%の増加だ。このままでは「中国製品の迂回輸出だ!」と米国に疎まれ、ベトナム製品全体が対米輸出規制の対象になりかねない事態だ。それがベトナムの新たな頭痛の種になっている。
中国提案の「2つの回廊」に乗れば、首都ハノイの防御性が低下する懸念
頭痛の種は、もうひとつある。中国の国家政策「一帯一路」構想だ。「一帯一路」構想は中国とアジア、欧州を繋ぐ「世紀の大経済圏構想」として、中国が力を入れる世界戦略だが、なかでも東南アジアを重点的地域とみなし、ASEAN各国に資金援助と技術支援を申し出て、続々と各種インフラ整備が実施されている。ベトナムが困惑するのは、中国が各国を個別に狙い撃ちして「2国間協定」を強く迫ってくることだ。
中国は2003年、ベトナムに対して、「2つの回廊と一帯」計画を提案した。「2つの回廊」とは、中国の昆明市から中越国境にあるラオカイ、ベトナムの首都ハノイを経由し、港湾都市ハイフォンから世界遺産のハロン湾へ通じる「第1ルート」と、中国の南寧市からランソン、ハノイ、ハイフォンを経て、クアンニンへと続く「第2ルート」を指す。「一帯」構想は、中国広東省からハイフォンに至るトンキン湾海域を「面」で捉えた開発計画である。これら陸と海を結んだ輸送インフラを構築することで、中国南部とベトナム北部をひとつの経済圏として成立させて経済発展を図ろうというのが、中国の提案である。
無論、ベトナムにとって悪い話ではない。ベトナムも他のASEAN諸国同様、国内のインフラ整備には多額の投資が必要だが、資金不足は否めない。G20が設立したシンクタンク「グローバル・インフラ・ハブ」の研究によると、ベトナムは2016年から2040年までに総額6050億ドルのインフラ整備の投資が必要だが、目下、手元資金は5030億ドルしかなく、残りの1020億ドルは調達の目途が立っていない。もし、中国が提案する「2つの回廊と一帯」計画に応じれば、中国の資金が提供され、資金難は容易に解決される。ベトナムにとっては「渡りに船」の話なのだ。
だが、戦略的な観点からすると、これは「諸刃の剣」にほかならない。この計画によって、中国南部の都市とベトナムの首都ハノイを結ぶ交通インフラが整備され、両国間のアクセスが容易になった場合、もし将来、ベトナムと中国の関係が悪化したら、首都ハノイの防御性が脆弱になり、ベトナムの対中戦略を大きく損なう事態に陥るかもしれない。そこにベトナムの経済と安全保障をめぐるジレンマがある。