ベトナムにとって、中国との信頼関係は、南シナ海問題で決定的に崩れ去ったといってもよいだろう。

 中国は2010年頃から南シナ海の領有権を主張しはじめた。中国の監視船がパラセル諸島(中国名は西沙諸島)の近海で操業していたベトナム漁船を拿捕する事案が相次ぎ、ベトナムの資源探査船のケーブルが切断されるという事件も起きた。さらに2014年5月、パラセル諸島の近海に中国が石油掘削装置(オイルリグ)を勝手に設置して掘削作業を開始したため、ベトナムは海上警察船を派遣して猛然と抗議し、国際世論の関心を呼んだ。ところが7月、中国は「作業が終了した」としてオイルリグを撤収したことで事態は収束した。ベトナムにとっては、中国に対する防御能力に限界があることを思い知らされた事案だった。

 その後も中国はしばしばベトナム漁船に嫌がらせを行い、2020年9月には、中国の資源探査船を送り込んだ。中国の目的は、ベトナムがロシアとの間で進めている南シナ海海域でのガス田開発を阻止することにあるようだ。

 もはや中国との関係改善に努力しても、ベトナムの主権と海洋権益に対する侵害は防げないことは明白だと、ベトナムは肝に銘じたはずだ。それゆえ、「2つの回廊と一帯」計画により、自国のインフラ整備を中国に委ねることには大きな不安を抱えているのである。

 ベトナムは中国に対処すべく、米国、日本、インドなど各国との協力関係に力を入れ、「環太平洋パートナーシップ」(TPP)への参加など、多国間の経済協定を締結して、「中国リスク」に備えている。だが、その一方では「国防白書」に示されたように、中国との関係修復にも努力する方針だ。ベトナムの「両面外交」は今後も変わらず、続くことになるだろう。

米国とも中国とも戦争して「負けなかった」唯一の国ベトナム

 思い起こせば、ベトナムは米国を相手に「ベトナム戦争」を戦い、中国を相手に「中越紛争」を戦った。世界の両巨大国家を相手にゲリラ戦術を駆使して、結果的に「負けなかった」国は、世界で唯一、ベトナムだけである。ベトナムが智恵と勇気、忍耐と不屈の精神の持ち主であることは明らかだ。つい、「山椒は小粒でも、ピリリと辛い」という諺を連想してしまう。

 日本など、他国からすれば、ベトナムに対して過信することも疑念を抱く必要もないが、独立独歩の国であり、決して侮れない相手だということだけは知っておくべきだろう。