私が初めて丹東の街を訪れたとき、こちらに向かって手を振る乗客を満載した遊覧船が北朝鮮のものであることがわかりかなり狼狽してしまった。川に飛び込めばやすやすと中国に密入国できてしまう距離だからだ。後ろに写っている鉄橋が「断橋」で、対岸の北朝鮮側が途中からボキリと折れている。朝鮮戦争時にアメリカ軍によって空爆されて破壊される以前は、橋の中央部のブロックが90度回転して、そこを大型船舶が通行することができたという。
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(文+写真:船尾 修/写真家)

 人々をあふれんばかりに満載した遊覧船がすぐ目の前を通り過ぎて行った。男たちは黒っぽい背広姿、女たちは艶やかな色あいのチマチョゴリ姿。船に記されているのは「あの国」の国旗。皆こちらに向かって微笑みながら手を振っている。それに呼応するかのように岸辺で私と並んでいる十数人の中国人観光客の間から「おーっ」という歓声が上がり、手を振り返している。

 ここは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と鴨緑江(おうりょくこう)を挟んだ国境の街、丹東。対岸に北朝鮮がのぞめるということで、中国人の間でも近頃人気の観光地である。この丹東の川べりから遊覧船が出ていて、対岸の新義州市のすぐ近くまで行ってくれることは知っていたが、逆に北朝鮮側からの遊覧船があるとは知らなかった。

 私たち日本人にとっては国交を結んでいないこともあって、北朝鮮という国はベールに包まれた謎の国というイメージがあるが、それは最大の貿易相手国である中国の人にとっても同じのようである。ただ、丹東の街から日帰りの北朝鮮ツアーが催行されており中国人は参加することができるので(日本人はできない)、そのぶん日本人よりはかなり北朝鮮という国は身近な存在であるのだろう。

 川沿いの遊歩道には、ゴザの上に商品を置いて商いをしている土産物屋がたくさん並んでいた。北朝鮮の紙幣や切手などが広げられている。紙幣はどれもピン札だ。こうして土産物として販売されるほどだから、実質的な価値はほとんどないと思われる。

「金正恩のバッジは置いていないのですか?」と尋ねると、その土産物屋のおばさんはあたりをキョロキョロうかがいながら後ろに置いているズタ袋を引き寄せた。そして中をごそごそやって袋入りのバッジをいくつか取り出した。金正恩や金正日の肖像や国旗が刻印されている金バッジである。

 丹東の街のことをネットで調べていたときに、珍しい土産物として北朝鮮人がいつも胸に付けているという金バッジが紹介されていたのだ。店先には置いていないからあまり大っぴらには販売できないのだろう。しかしバッジ自体はかなりチャチなつくりで、おそらく中国国内でつくらせた偽物だと思う。

米軍の爆撃で半壊した鴨緑江橋梁

 この街の最大の観光ポイントは、橋である。対岸の北朝鮮へは川幅が940メートルあるのだが、2本の鉄橋が架けられている。左側にあるのが現在も使用されている1943年(昭和18年)竣工の「中朝友誼橋」(鴨緑江大橋)で鉄道と自動車が通行できる。かつては鴨緑江第二橋梁と呼ばれていた。右側にあるのが1911年(明治44年)に完成した「鴨緑江橋梁」で途中から折れたままになっているため「断橋」と呼ばれている。

「鴨緑江橋梁」の位置(印の付いた場所、Googleマップ)
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