(岩田 太郎:在米ジャーナリスト)
◎「ロックダウン論を斬る」バックナンバー
(1)「海外のロックダウン、死者数爆発でなぜ“成功”か」
(2)「日本の感染拡大の謎、現実とずれる専門家のモデル」
検査で感染拡大は防げるか
ロックダウン論と関連して、議論の前提に混乱が見られるのがPCR検査や抗体検査の有用性に関する言説だ。医療者や当局者が国や地域としての資源配分政策を考えるための検査と、政府が検査を受けた個人や組織、地域の安全を宣言するための検査は目的も意味合いも違う。
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まず、医療崩壊を起こさないために感染経路を調べ、感染が本当に抑えられているか診断をつけることは重要だ。流行状態をより正確に把握し、パンデミックの範囲を特定し、今後の感染状況を予測し、これから取るべき行動の参考にすることは必須である。
米エール大学で臨床感染症学の教鞭を執るロバート・ヘクト教授らは4月26日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄稿し、「無症状の感染者を特定するために、検査体制を強化せよ」と訴えた。そして、「有効なワクチンが開発されるまでの期間、コロナの流行を制御する唯一の方法は、無症状の感染者をあぶり出して隔離し、これら無症状の感染者の濃厚接触者を検疫下に置き、新たに感染をさせないことだ」と論じた。その意味で世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が唱える「新型コロナを食い止めるには、検査、検査、検査だ」という言葉は誠に腑に落ちる。
しかし、現在の米国ではパンデミックを抑えるための検査と、安心・安全に経済を再開させるための検査の意味が混同されている。たとえば、2019年のノーベル経済学賞の受賞者であるニューヨーク大学のポール・ローマー教授は、「国民皆検査こそが、この夏に大多数の米国民が正常だと感じられる生活に戻る唯一の方策だ」と論じた。
また、多くのエコノミストや財界人は、全国民に検査を行い、PCR検査で陰性と判定された人、抗体検査で感染歴が認められ推定免疫とされた人から「安全のお墨付き」を保証する陰性および免疫証明書を与えた上で、職場や学校に復帰させるとの構想を語る。検査が経済再始動の切り札として語られているのだ。感染症の権威であり、今の米国で最も信頼されるパンデミック情報の発信者であるアンソニー・ファウチ米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長でさえ、「連邦政府としてコロナ免疫証明カードの発行を検討している」と言明する。
だが、現場の医療者が指摘するように、「PCR 検査で感染者に陽性の検査結果が出る割合は高くて70%程度であり、30%以上の人は感染しているのに『陰性』と判定され、『偽陰性』となる」のである。また、PCR検査と同じく正確性が保証されない抗体検査で得られる推定免疫はあくまで推定だ。免疫そのものが果たしてできるのか、またできたとしてもそれが永続するのかさえわからない。さらに、ウイルスの変異や毒性増加の可能性もある。
また、WHOが4月24日に警告したように、「コロナウイルスの抗体陽性が免疫を証明するという十分なエビデンスはなく、再感染に免疫ができたと信じる人々が(社会的距離政策などの)公衆衛生勧告を無視する可能性がある。そうした免疫証明書の使用は、感染の継続のリスクを高める」のである。