5Gが実現する“Society 5.0”を
このように、社会の基本的な仕組みの前提となっていた状況が大きく変わりつつあり、“制度疲労”が顕著になってきたところで生じたのが、今回のコロナ感染症だった。現状にフィットしなくなってきた社会の仕組みは大きく変わらざるを得ず、この変化は元へ戻ることはないだろう。これはわが国のみならず、世界中の国に当てはまることである。
たとえば、接触を減らすために外出自粛が要請され、企業に対して在宅勤務、テレワークが推奨されている。ICTの導入が遅れている日本では当初戸惑いもあるだろうが、テレワークが定着してくると移動や通勤コストの削減が進むとともに、労働環境や労務管理のあり方も大きく変わらざるを得ない。まさに時間という資源を効率的に使い、生産性の向上に結びつく「働き方改革」が達成できるのではないか。
また、それに伴い航空機、新幹線や都市交通などの交通手段の利用者は減少する。他方、通信サービスは急速に拡大する。そのとき、5Gは現実に“Society 5.0”を実現するためのツールとなるであろう。
こうした社会の変化は、勤務形態に限られるものではない。長期化する休校は、教育のあり方を変える。インターネットを使った遠隔授業が日常化すれば、教室という物理的空間の意義は減少する。インターネットを通して個々の子供たちの学習特性をきめ細かく把握できるようになれば、それは個別に最適化された教育プログラムの提供を可能にするであろう。
そして、ICT教育の進展は、これまで存在しなかった能力をもった人材を多数生み出し、彼らは社会を変え、新たな時代を担うことになる。時空を超えた教育環境の形成は、教育の地域格差の解消にも貢献する。地方に住んでいても、都市圏の名門校で学習することが可能になるからである。
今回のコロナ感染症によって最も大きく変わるのが、医療であろう。高齢化を前提として作られてきたこれまでのわが国の医療体制は、今回のコロナウイルス感染症の蔓延に際して脆弱性を露呈した。フリーアクセスを前提としたプライマリケアも、生活習慣病にシフトしてきた病院も、今後重篤なコロナ患者が増加すると、それらの患者すべてに対応できる能力はない。わが国の医療機関は、医療従事者の懸命の努力にもかかわらず、その限界に直面しているのである。
実質的に解禁されたオンライン診療の衝撃
これまで医療関係者は消極的であったが、オンライン診療やオンライン処方もやむを得ず認めざるを得なくなった。緊急時の臨時的な措置とされているが、患者がその利便性を認識すれば、コロナが終息した後も、再び対面診療に戻すことは困難であろう。
また、医療機関への負荷の軽減と感染予防のために、国民に、体調が多少悪くても医療機関を直ちに受診しないように要請したが、こうした受診行動の抑制は、医療機関の経営に大きな影響を与え、長期的には現行の診療報酬制度や医療保険財政の改革にも結びつくはずだ。
高齢化時代において“人生百年”に向けて形成されてきた医療体制は、生活習慣病やがんなどを念頭に置いて在宅医療と介護を重視してきたが、他方で、人類を襲うかもしれない恐ろしい感染症に対する備えは充分ではなかった。医療体制も、今回のような感染症に対応できる体制に組み替えられなければならない。