「清浄野菜」とサラダ油で発展した戦後のサラダ文化

「栄養と料理カード」でたどる昭和レシピ(12)サラダ

2020.04.17(Fri)三保谷 智子

サラダ油の広告入り「生野菜の盛り合わせ」――昭和35年

1960(昭和35)年2月号。ゆでてあるカリフラワーが形のままどんと器の中央に盛ってあり、意表を突かれる。2枚の器に各種野菜を大胆に盛りつけ。放射状のセロリにはイクラをのせてボートに。その間にエンダイブを敷き、缶詰めの桃をカップにマヨネーズとチーズを乗せている。この号の表紙は、1964年東京オリンピックの公式ポスターをデザインした亀倉雄策氏によるもの。肩書は「商業デザイナー」。グラフィックデザイナーの役割が広く社会に認知され始めた時代だ。
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 1960(昭和35)年にはサラダ油の広告入りのカラーの料理ページもあった。

 そもそもサラダ油とは2種類以上の植物油を混合して作ったもの。かつて植物油は贈答品として喜ばれた。容器は缶。筆者の子ども時代、油缶は四隅の2カ所を専用缶切りで開けてそこから油を注いだ。周囲に油が垂れて汚れやすく、とても使いにくかった記憶がある。液だれもなく使いやすいペット樹脂が主流になって久しい。

 当時、日本人の油の摂取量が改善されたかというと、まだまだ不足していた。1961(昭和36)年、厚生省が1日1回フライパンを使って油を使った料理を食べようという「フライパン運動」を提唱したくらいである。脂肪の摂りすぎに警鐘を鳴らす近年とは逆の状況であった。

芽キャベツとブロッコリーのゆで野菜サラダ――昭和47年

1972(昭和47)年2月号の「栄養と料理カード」。芽キャベツのサラダは、ゆで卵を刻み、ミモザの花のようにかけてレモンとバター風味の味わいで。ブロッコリーのサラダは、刻んだトマトと玉ねぎ、パセリに酢と油、塩を混ぜ合わせたラビゴットソースで。
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 昭和40年代になると、「栄養と料理カード」では各種サラダを取り上げる回数も増えた。その傾向を見ると、野菜もドレッシングの種類も増え、生野菜だけでなくゆで野菜を使う、果物や肉、魚を取り合わせる、とバリエーションは豊かになる。

 1972年の2種は温野菜のサラダ。芽キャベツは、最近はあまり見かけないが、かつては冬になると店頭でよく見かけた身近な野菜であった。

 また、ブロッコリーよりもカリフラワーが一般的な冬の野菜だった。ブロッコリーは、今では通年店頭に並んでいるが、収穫後の保存技術が未熟であっために一般に普及するのが遅れ、流通の拡大は昭和50年代半ばからとか。野菜の栽培や流通技術にも時代の趨勢を感じる。

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