「清浄野菜」とサラダ油で発展した戦後のサラダ文化

「栄養と料理カード」でたどる昭和レシピ(12)サラダ

2020.04.17(Fri)三保谷 智子

進駐軍の要望で始まった「清浄野菜」の栽培――昭和29年

1954(昭和29)年3月号「清浄野菜の話」。食品衛生の話題も積極的に記事にした。当時の食生活は貧しく、米の食べ過ぎでおかずが少ない栄養不足状態。1日1回はパン食にして牛乳やバターなどをとろう、という啓発運動もあった。油の摂取量は世界最下位で1日1人あたり5g程度(必要量は脂肪として1日30g)。
拡大画像表示

 1954(昭和29)年3月号の誌面で厚生省(現・厚生労働省)食品衛生課担当者が、発酵未処理のし尿を肥料にするために土壌が寄生虫に汚染され、うかつに生野菜は食べられないと述べている。記事にある「清浄野菜」とは、下肥は使わず化学肥料と、油粕や豆粕などの粕類、それに堆肥で栽培した、虫卵や有毒物のない野菜のこと。厚生省と農林省(現・農林水産省)が協力して清浄野菜の普及計画を立て、1955(昭和30)年に各都道府県知事あてに「清浄野菜普及要綱」を通知した。

ドレッシングは下味分と最後の味つけの2回に分けて――昭和29年

1954(昭和29)年7月号の「栄養と料理カード」。野菜2種のシンプルな組み合わせだが、作り方はていねいで、下ごしらえにもあえ方にも手をかけている。
拡大画像表示

 1954(昭和29)年の「栄養と料理カード」には「フレンチ・サラダ」がある。

 きゅうりもトマトも、皮と種を除く。きゅうりは塩とレモン汁で、トマトは塩とビネグレットソース1/6量で下味をする。「ビネグレットソース」はフランス語であり、英語でいうところの「フレンチドレッシング」にあたる。調味料の基本割合は、酢1:サラダ油2:塩0.1とはっきり明記している。1人分でも家族分でも集団調理で大量に作るにあたっても味つけで困らないように、材料の重量に対する分量の割合である「調味パーセント」での明記を心がけた。

 ちなみに今では一般名称になった「ドレッシング」だが、筆者が本誌を確認しただけでもさまざまな表現がある。「何々ソース」、和名で「酢油汁」「あえ汁」との表記もあり、混在していた。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る