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(篠原 信:農業研究者)

 NHKの番組「ためしてガッテン」で興味深い治療法が紹介されていた。慢性的な痛みに苦しんでいる患者に有効とされており、国際的にも認められている治療法があるという。それがクリップボード(回覧板)。

 慢性的に続く激痛に苦しみ、日常生活を送るにも支障が出るほどになった患者。あまりの痛みに耐えかねて、ほとんど寝たきりになってしまう患者もいるのだという。

 そうした患者と医者が、「痛み」と書いた紙を挟んだクリップボードを、裏と表で押し合いへし合いする。医者は患者に、「あなたの感じている痛みを押さえ込む気持ちで、クリップボードを押してください」と指示する。患者は強い力でクリップボードを押し込もうとする。その反対側にいる医者はクリップボードを強い力で押し返し、「さあ、強い痛みが再び頭をもたげてきました。痛みを強い力で押し返してください」と声をかける。患者はさらに押し返そうとする。医者は、それに負けじと押し返す。

「いま、どんな感じですか?」と医者は患者に尋ねる。「押さえても押さえても強い力で痛みが跳ね返ってきて、ヘトヘトになってきました」と患者は答える。「では、どうしたらいいと思いますか?」と医者。患者は、「押し返すことを諦めて、視線を別にそらした方がよいように思います」。

 すると、患者の生活の質が大きく向上するようになるという。痛みに注目し、痛みを消そうとばかりしてきた毎日を見直し、痛みのことは置いておいて、自分のしたいこと、やりたいことを少しずつでも取り組むようにしていくと、徐々に、激痛だった痛みは「痛いは痛いのだけれど、まあなんとかなる」ようになり、次第に「何かするにも気にならない程度」に落ち着くケースのあるのだという。

「痛み」を消そうとすると「痛み」しか見えなくなる

 これは大変興味深い話だ。悩んでいる人へのアドバイスで「気にするな」という言葉はよく多用されるけれど、「気にするなって言ったって、気になるものは気になるんだよ!」と反発したくなる。アドバイスがアドバイスにならないことが多々ある。

 この「クリップボード法」は、医者からよけいなアドバイスをすることはない。「痛み」と書いたクリップボードをはさんで患者と押し合いへし合いし、自分は「痛み」役に徹する。患者が押し返すのに疲れた頃に、「ではあなたはどうしたらよいと思いますか?」と最後に質問する。すると、患者は、痛みだけを見つめ、痛みを消そうとしてかえって痛みしか見なくなっている自分に気がつき、痛みを象徴したクリップボードの周りに広い世界が広がっていることに気がつくのだという。

 この「視線をずらす」という方法は、もっともっと普遍性のある「技術」であるように思う。