しかし、第一次世界大戦も第二次世界大戦も、イギリスが勝利できたのは、アメリカの参戦のおかげであり、1945年以来、世界の覇権国はアメリカに移っている。イギリスが、欧州大陸を、まして世界を支配する時代は終わっているのである。さすがに今は欧州大陸のバランサーの役割を担うつもりはないだろうが、欧州大陸と手を切って独立独歩で生きていくというEU離脱強硬派の態度は、19世紀のパックス・ブリタニカ時代の「栄光ある孤立(Splendid Isolation)」政策を思い出させる。しかし、21世紀は最早そういう時代ではないのである。
「戦争なき世界の構築」が欧州統合のそもそもの理念
第二に、なぜ第二次大戦後にヨーロッパの統合が推し進められ、現在のEUにまで至ったのかということである。それは、「二度と戦争のない世界を作ろう」という崇高な理想に基づいたものなのである。
普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と近代の戦争は、フランスとドイツの争いであった。したがって、戦争の原因となった資源(鉄と石炭)の獲得競争を終わらせるため、ヨーロッパ全体で資源管理を行おうという発想が出てきたのである。
そこで、まず設立されたのが欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)や原子力共同体(EURATOM)である。次いで、市場を統合し、EECという経済共同体に発展し、その後、通貨の統合にまで至ったのだ。加盟国も増加し、イギリスは1973年に加盟している。統合の度合いも深まっていった。こうしてEUの今日があるのである。今や、かつての敵同士、フランスとドイツが協調してEUを支える状況になっている。
第二次大戦までは、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアというヨーロッパの大国が世界に対して大きな発言権を持っていた。しかし、第二次大戦後は、アメリカとソ連、そして今はアメリカと中国という大国に対して、ヨーロッパが団結しなければ重みを持たない。欧州統合は、国際社会における地位という観点から重要な意味を持つのである。欧州大陸から孤立したイギリスでは、世界で枢要な役割を果たせない。
しかも経済がグローバル化した今日、イギリスにある自動車工場が、世界各地、とりわけ欧州大陸から部品を調達しているように、EUから離脱して関税を課すことは大きなマイナスをもたらす。「合意なき離脱」に備えて、企業がイギリスから撤退しているのは当然である。
第三の問題点は、民主主義の行方である。今のイギリスの混乱の発端は、2016年に行われたEUからの離脱についての国民投票にある。2015年12月の世論調査ではEU残留派が過半数で、残留派のキャメロン首相は安心して国民投票に踏み切った。ところが蓋を開けてみれば結果は離脱派の勝利。ブレグジット(Brexit)が決定づけられた。
代議制(間接)民主主義の国で、国民投票や住民投票といった直接民主主義的手法を採ることの是非は議論されねばならない。三権分立の国、アメリカの大統領選は、いわば国民投票であり、トランプのような人物でも選ばれてしまう。モンテスキューやルソーの理想が体現されたとはいえ、問題が多いのは今のアメリカを見ればよく分かる。
その点で、イギリスや日本のような議院内閣制は、国民が議員を選ぶが、首相は議員が選ぶというように、ワンクッション置いている。そのことで、直接民主主義のリスクを軽減できているのである。しかし、国民投票にはそのメリットはなく、ポピュリズムの嵐をもろに受けることになる。
国民投票にはもう一つ、単一争点主義(single issue politics)という問題もある。政治は多くの分野の問題に取り組まねばならず、政党は、政策全体をパッケージとして有権者に提示し、選挙で審判を受ける。国民投票は、単一問題を争点として国民の判断を求めるものである。現在のイギリス議会は、EU離脱協定案という単一の争点をめぐって、政党の枠を超えて賛否が分かれているのである。単一争点主義は賛否をめぐって国論を二分することにつながるが、今のイギリスがその典型である。
ポピュリズムに晒される現代社会で民主主義が生き残れるのか否か、大きな岐路に立っている。