――『特捜投資家』はEV用の電池開発も大きなテーマになっています。この分野についても取材をされたと思いますが、さすがに現実のEV開発の現場には怪しげな会社が紛れ込んでいることはありませんよね?

永瀬 いやいや、分かりませんよ(笑)。

 僕は週刊誌記者として駆けずり回っていたのはちょうどバブルの時代だったのですが、経済が沸騰してくると社会がお金に狂っていくんです。そこに詐欺師的人物が登場して、「これは新しい技術だ」なんて言うと、バッとお金と人が吸い寄せられていく。

 EVは今まさに沸騰している産業分野じゃないですか。そういう意味では、バブル期の日本経済に似たところがあるんです。

 これから伸びていく分野だから、「儲けられるかも」ということで世界中のいろんな人や企業が参入してきている。いわばゴールドラッシュのような時期ですから、欲に駆られた有象無象が紛れ込んでいる可能性だって十分ありますよ。『特捜投資家』はそういう企業が実際にあったらどうなるんだろう、という視点で書きました。

 実際に詐欺会社が紛れているかどうかはともかく、多くの参入者がひしめく競争の中からどこが生き残っていくかを見極めるのは至難の業です。自動車業界は100年に1度の変革期に突入していると言われていますから、いまEV開発の先頭を走っているアメリカのテスラ・モーターズだって10年後にはどうなっているか分かりません。本書刊行直後にはCEOであるイーロン・マスクが米証券取引委員会から証券詐欺罪で提訴されましたしね。それくらい先は読めない。トヨタやホンダのような大企業も、「どこに投資するのがベストなのか、どこと組むのが正解なのか」と迷っているはずで、その判断を間違えると奈落の底に落ちてしまうかも知れない。それだけに取材する側からすれば、非常にスリリングで興奮するフィールドです。

善意のかたまりの人なんて世の中に滅多にいない

――不正に立ち向かう4人は、それぞれキャラクターが立っています。目標に向かって協力はするけれど、その先の目的は全く別だし、決して「盟友」と呼べるような関係でもない。

永瀬 有馬浩介という元新聞記者は社会部出身で、金融や経済の素人。その有馬が企業犯罪を追及するのは、別に純粋な正義感からではなくて、ジャーナリストとして名を上げたい、そして別居中の奥さんや子どもともう一度やりなおしたいという功名心と利己的な欲望のほうが大きい。

 個人投資家の城隆一郎にも強い正義感はありません。企業の不正を潰すことで最終的には金儲けができればいいと思っている。ほかのメンバーも大同小異です。

 純粋な正義感に突き動かされたわけではない4人が、たまたま出会い、結果的にインチキ企業を叩き潰す。そんな物語があったら痛快だろうな、と考えました。

 なぜこんなクセのある人物ばかりを描いたかというと、事件取材なんかやっていると、世の中に善意のかたまりみたいな人って滅多にいるものじゃないと分かるんです。否が応でも「誰もが欲と保身の中で生きている」と痛感させられる。ごくまれに善意のかたまりみたいな人と会うと、ついつい「裏の顔があるんじゃないか」なんて勘繰っちゃう。純粋な正義感ばかりの人のことを、むしろ気持ち悪い、詐欺師なんじゃないか、と感じてしまうんです。職業病ですかね(笑)。

 だから作品の中でも、正義感とか善意ばかりの人間ではなく、ひと癖もふた癖もある人物を中心に据え、それでもラストは読んでいてスカッとするものにしようと思って書きました。

――元新聞記者の有馬が、社会部記者らしいねちっこい取材をするシーンも印象的ですね。

永瀬 有馬の取材方法は僕にとっての理想です。とにかく愚直に歩く。そして話を聞く。それが取材の王道だと思っています。

 僕はこの作品のために多くの専門家にも会いましたが、同時に、作品に登場する街にも出向いて歩き回りました。ノンフィクションでは当たり前ですが、僕はフィクションを書く時にも舞台となる現場には絶対に行くことにしています。そこに行って、通りや商店街を歩き回り、どんな土地かなと考える。道幅はどれくらいか、通りの傾斜はどうなっているか、どんな匂いが漂っているか、どんな人たちが生活しているのか。これらは作品を生かす重要な要素です。その取材は手を抜かないようにしています。

 最近はネットで取れる情報が飛躍的に増えているので、若い記者の中にはパソコンの前で情報収集している人が増えていると言われていますが、やっぱり足で稼がないと取れないネタもある。若い記者に対して、「とにかく取材は足だ」ということも伝えたかった。

――設定やディテールはしっかり作られていますが、文章のタッチはこれまでの永瀬作品と比べてかなり軽やかな印象ですが、その狙いは。

永瀬 せっかくキャラの立っている登場人物がいるので、彼らが自由に動き回る、軽快でリズムカルな小説にしようと。そのために文体を工夫しました。もう一つは、これまで経済小説を読んだことのない若い読者にも手に取ってほしいと思ったからです。僕の作品には珍しく、コミックタッチのイラストを表紙にしてもらったのもその狙いからです。

 純粋なエンターテイメントとしても、社会の実相を知る手段としても、経済小説には大きな可能性があります。これまで僕の作品を読んだことのない読者にも手に取ってもらえたら嬉しいです。