江戸時代から続く数学ブーム
今から約400年前の1627年、1冊の数学書が誕生しました。『塵劫記』は一気に全国に広まり、子供から大人まで空前の数学ブームを巻き起こすことになりました。
はたして、現在までそのブームは続いています。私が審査委員を務める「塩野直道記念算数・数学自由研究作品コンクール」は今年で第5回になりますが、小学校1年生から高校3年生までの応募数は1万5000人を超える盛り上がりを見せています。
主催であるRimse(一般財団法人 理数教育研究所)のホームページ上で受賞作品を閲覧することができます。ぜひ我が国の子供たちの受験数学を超えた数学力を見てください。
もう1つ私が審査委員を務めるのが数学甲子園(全国数学選手権大会、主催公益財団法人日本数学検定協会)です。
昨年は全国196校(中学校・高等学校)415チームが参加。今年で10回目を数えます。「問題解決力」「チームワーク力」「プレゼンテーション力」「問題作成能力」など、受験数学を超えた数学力のコンペティションです。
高度経済成長期とベビーブーム、受験戦争が熾烈を極めた時代、学校での数学は受験のための数学でしかありませんでした。現在も学校での数学は受験のためだけの数学になってしまっている現状は大方変わりありません。
しかし、学校の外で変化が起きつつあります。
それが上記で紹介したような受験を超えた数学に子供が青春を懸けて挑戦している風景です。このような子供を応援する教師と保護者にも変化が起き始めています。
考えてみれば明らかなことなのですが、数学は受験のためにあるのではないということです。私が著者になって作り上げた高校数学教科書『数学活用』(啓林館)の最初のページは「世界は数学でできている」の見出しで始まります。
身のまわりを数学の視点で見つめれば、至る所に数学が隠れていることが分かります。受験数学のゴールは100点で終わりです。しかし、本来の数学にゴールなどありません。人の世が続く限り数学も続きます。『数学活用』の基本コンセプトは「人とともにある数学」です。
現代に必要とされているスキルに統計学とコーディングが挙げられます。AIおよびITのシステムはすべてこの2つなしには形になりません。統計学とコーディングのベースになるのが数学と数学的思考です。
受験数学によって確かに効率よく数学を学習できます。しかし、そのコースの流れに乗ることができない子供を大量に作り出してしまうデメリットがあります。これは国家レベルで見た時に大きな損失です。
すべてを学校に任せることは不可能です。数学も例外ではありません。私が学校の外で数学をする機会を作っているのはそのためです。
10代までに受験数学と並んで「世界は数学でできている」ことを実感して、数学と生涯に渡りつき合っていくことができるようにとの思いからです。
ベビーブームが終わり、受験戦争が沈静化したおかげでようやく本来の数学の姿に向き会えるようになってきたとはいえ、いきなり子供が数学で盛り上がる状況はできません。
我が国に数学を学ぶ環境(学校、教師、教科書)がこれほど充実するためには長い時間が必要でした。ローマは1日にしてならずです。