おいしい店はどこ?江戸時代にもあったグルメガイド

料理書、ガイド本の発展で花開いた江戸の食文化

2017.01.06(Fri)佐藤 成美

 こうした一般向けの料理本の中でも、大ベストセラーといえば『江戸流行料理通』だ。江戸で一番の高級料亭「八百善」4代目主人の栗山善四郎が1822年から1834年にかけて書いたもので、料亭料理のレシピから調理器具の使い方までが明かされたばかりでなく、蜀山人や亀田鵬斎などの文人が寄稿し、谷文晁、葛飾北斎ら一流画家が挿絵を描き、評判になった。江戸土産として人気を博し、八百善の名は全国に知れ渡ったが、これはマスコミを使った広告戦略だった。

栗山善四郎著『江戸流行料理通』初編の挿絵。(所蔵:国文学研究資料館)
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江戸版“グルメガイド”も登場

 江戸時代になると、八百善のように多くの外食店が現れた。江戸の最初の料理屋は1657年、浅草寺の門前にできた奈良茶飯屋と言われる。江戸中期の宝暦年間(1751~64年)の頃から本格的な料理屋が現れたものの、老中松平定信の寛政の改革(1787~93年)による引き締めで一時衰退した。

 江戸時代後期の文化・文政年間(1804~30年)になると、江戸の発展とともに高級料理店から、定食屋、屋台までたくさんの外食店ができた。高級料理店で特に有名なのが先に挙げた八百善だ。山谷にあった八百善は、客の要望を重視し、季節や値段を度外視した高級料理を出し、金持ちや文人に受け入れられて発展した。

 気軽に食べられる料理として、そばや天ぷら、すしなどの屋台が発達した。江戸には周辺地域から労働者が集まり、単身の男性が多かったためだ。また、庶民は物見遊山や寺社参拝などの娯楽を興じるようになり、土地の名物や季節のものを味わうことも大きな楽しみになった。人々の食への関心は高まるばかり。そこで登場したのが、いまでいうグルメ本だ。

 江戸一番の繁華街であった日本橋付近にはたくさんの店が軒を連ね、各地から人が集まった。不慣れな人でも分かるように、食品関連の問屋や料理屋がどこにあるかを記したガイド本がまず出版された。

『江戸買物独案内』(中川芳山堂著、1824年)は、大坂から江戸に出向く商人向けの本で、2600店が「いろは」順に記載され、飲食の部には148店が掲載されている。一方、『江戸名物酒飯手引草』(1848年)は飲食店専門のガイドブックだ。また、『江戸名物詩』(方外道人著、1836年)は菓子屋がたくさん掲載されているのが特徴。現在も向島に店を構える「長命寺桜餅」の名も連ねる。

中川芳山堂著『江戸買物独案内』2巻付1巻「飲食之部」より、御膳蕎麦屋の目録。(所蔵:国立国会図書館)
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