「出会いの場」をつくる
ミャンマーの土木人材の底上げを図ろうという動きは、調査団の外にも少しずつ広がりつつある。
例年より少し早く雨季が始まったばかりの5月23日。時折、雨がざぁっとたたきつけるように地面を打ちつけ、全身にまとわりつくようなじっとりとした湿気が立ち込める中、ヤンゴン工科大学でユニークなセミナーが開かれた。
「開発途上国における防災とインフラの維持・設計に関する国際シンポジウム」
約130人が参加したこのセミナーの真の狙いは、土木系人材の「出会いの場」を創出すること。企画した小池武・京都大学元教授は、国際協力機構(JICA)が実施する「高度工学教育拡充プロジェクト」(Enhancement of Engineering Higher Education:EEHE)の専門家として、2013年よりこの地に派遣されている。
実は、このヤンゴン工科大学は、軍政時代、反政府抗議運動に身を投じた学生たちとそれを取り締まる軍が衝突し、多数の死傷者を出した「88年デモ」が最初に起きた場所である。
その影響は、大学封鎖という形で、つい最近まで続いた。学生の集会を警戒する政府側の強い意向を受け、他大学と同様、この大学も20年以上にわたって新規の学部学生を受け入れることが許されず、大学院教育だけが細々と続けられていたのである。
現政権が発足した2012年にようやく学部教育が再開されたことを受け、工学教育の質を高め、実践的な教育を通じてこの国のインフラ整備と産業開発に貢献し、土木人材の層を拡充することを目指してスタートしたのが、EEHEプロジェクトだ。
同プロジェクトには、千葉、新潟、金沢、京都、岡山、長崎、熊本の7大学が参加。毎年50人以上の教員を日本から派遣して、教育や研究の抜本的な見直しと指導にあたっているほか、ミャンマーからも40人の若手教員を日本の大学の博士課程に派遣し、再訓練を行っている。
小池さんは、着任して間もなくあることに気が付いた。この大学の先生たちの一日の過ごし方を見ていると、皆、朝から夕方まで授業を行った後、そのまま帰宅し、自分の研究活動はまったくしている様子がなかったのだ。
専門を尋ねても、誰も答えられない。「自分の専門性を持たないまま教えているだけ。高校の教員と変わりがない状態」(小池さん)だった。