溶けゆく氷を使っていた大正・昭和の冷蔵庫

変わるキッチン(第15回)~冷やす(後篇)

2015.07.31(Fri)澁川 祐子

 村瀬敬子著『冷たいおいしさの誕生 日本冷蔵庫100年』(論創社、2005年)では、家政書を丹念にたどりながら、氷冷蔵庫の普及について考察している。同書によれば、「氷箱」の初出は1898(明治31)年刊の『家事教科書』(後閑菊野・佐方鎮子著、成美堂)だという。それ以前は氷の塊を使って貯蔵する方法は書いてあるものの、貯蔵に特化した道具はなかったのだ。さらに同書では、明治30年代は氷を使って冷蔵していたのが食肉や魚類、牛乳に限られるのに対し、明治40年代になると食物全般を保存するように変化していると指摘している。

 1918(大正7)年に刊行された大江スミ子著『応用家事教科書』(東京寶文館)の上巻では、「冷蔵器」として挿絵入りの氷冷蔵庫が載っている。氷冷蔵庫は内側に断熱材や金属板を施した木製の棚で、バリエーションはあるものの、主流はだいたいこの絵のような2ドアものだった。上部に氷の塊を入れ、冷たい空気が下部の食品を冷やす仕組みだ。中の温度はせいぜい10~15℃くらい。氷なので当然、時間が経てば溶ける。それだけに排水装置も欠かせなかった。夏場ともなると、人々はこの棚にせっせと氷を入れ、食品を少しでも長持ちさせようとしたのだ。

大江スミ子著『応用家事教科書』における「冷蔵器」の記述と挿絵(所蔵:国立国会図書館)

 折しも明治時代の終わりから大正時代にかけ、家庭でも洋食がつくられるようになっていくが、その背景にはバターや牛乳、肉類などを低温で貯蔵できる氷冷蔵庫の存在が欠かせなかった。氷によってもたらされた「冷やす」という新たな貯蔵法は、それまでとは違った料理を食卓にもたらすのに一役買ったのだった。

「食物をしまいこんでおくわけにゆきません」

 前篇で述べたように、1930(昭和5)年に国産初の電気冷蔵庫が芝浦製作所(現・東芝)から発売されても、長きにわたり氷式冷蔵庫の時代は続いた。

 日本での冷蔵庫の歴史をさかのぼると、はじまりは1903(明治36)年の第5回内国勧業博覧会に出品されたアンモニアガスを使った冷却設備だ。建物全体が冷蔵庫となっていて、魚類や肉類、野菜・果物類などが陳列された冷蔵室5室と、凍った魚類と肉類が展示された氷結室(冷凍室のこと)1室からなる構造だった。その様子を、ただ通路を歩いて見学するだけなのだが、連日行列ができるほどの人気ぶりだったと伝えられている。

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