逆に言うと、そうした当たり前の経営をしている旅館が日本には極めて少ない。実は、のとやも当初からそれができていたわけではない。先代の館主と現館主の桂木実(かつらぎ・みのる)社長が旅館業の将来に危機感を抱き、業界の慣習に立ち向かって改革に挑んだ成果である。
一体どのような改革が行われたのか。温泉旅館が生き延びていくためには何が必要なのか。桂木社長に話を聞いた。
“放漫経営”だった日本の旅館
──粟津温泉でホテルや旅館が廃業するようになったのはいつ頃からですか。
桂木実社長(以下、敬称略) バブル崩壊からしばらくは「危ない危ない」と言われながらも、みんなまだやっていけていました。ところがここ10年ぐらいで急速に状況が厳しくなりました。バタバタと廃業が相次いだのはここ5~6年ですね。
──どのような原因で廃業してしまうのでしょうか。
桂木 まず、人口構成の変化が挙げられます。高度経済成長期やバブルの頃は、団塊の世代が経済を牽引し、旅館にもたくさん訪れました。ところがいまは団塊の世代がどんどん引退しています。働き盛りの人口が減って日本全体で消費が落ち込み、レジャー費が削られているというのはあると思います。
団体旅行が減っていることも、もちろん大きな原因です。昔は会社内の慰安旅行をすると、必ず宴会をするものでした。ところがいまは宴会をするような団体旅行がすっかり減ってしまいました。実は旅館は、お客様に滞在してもらうだけだとなかなか儲からないんですね。滞在中にいろいろ消費していただかないと利益が出ない。ただ滞在するだけのお客様ばかりになると、旅館は厳しくなります。
──環境の変化が大きいのですね。
桂木 それだけではありません。旅館の方にも原因があります。きちんとした「経営」が行われていないということです。旅館は基本的にコスト管理が緩いんですよ。昔から旅館のほとんどが放漫経営です。だから、バブルの頃も「これから旅館の数は半分ぐらいになるだろうな」と思っていました。
──旅館業は大体そうですか。コスト管理が緩いんですか。
桂木 旅館業は、損益分岐点を超えるとほぼ丸ごと利益なんです。お客様が増えても光熱費や人件費は変わらない。お客様の数で原価が左右されるのは料理ぐらいです。高度成長期やバブル期はどの旅館も宿泊客が大量にやって来て、大きな利益を出していました。そうすると、どうしてもコスト管理が荒くなります。