選挙に立候補した政党は15、立候補を受理された政党は11、議席を得た政党は上記4党。死票は議席獲得政党に割り当てられ、最終獲得議席は各々315議席、57、40、38となりました(第5期までの下院任期は4年間)。
純粋な野党と言えるのはロシア共産党だけ
ただし、公正ロシアと自民党は政権与党の別働隊ですから、実際の野党はロシア共産党のみとなります。
ロシアでは、重要法案は下院の3分の2以上の賛成をもって採択されます。国家予算や憲法改正条項などはこの重要法案となりますが、従来は政権与党1党のみで何でもできたわけです。
なお、前回の7%条項では死票がたくさん発生したので、今回の選挙では得票率5~6%未満は1議席、6~7%未満の政党には2議席が割り当てられることになりました。
さて、今回の下院選挙の焦点は、下記2点でした。
(1)政権与党『統一ロシア』がどれだけ議席を失うか?
(2)ロシア共産党がどれだけ議席を伸ばすか?
選挙前の各種世論調査機関による支持率調査では、「統一ロシア」は50%を少し超える程度となっており、300議席超の議席獲得は不可能と予測されておりました。そして政権与党にとり、今回の選挙結果は予測よりも厳しいものになった次第。
プーチン・ロシアの方向性
今回の選挙結果を受け、ロシアは今後どうなるのでしょうか?
今回の選挙結果が来年3月のロシア大統領選挙にも影響を与えることは必至ですが、来年の選挙ではプーチン首相以外に有力候補者はいませんので、プーチン首相が大統領職(次期より6年間x最高2期)に復帰することはほぼ確実と思われます。
ただし、前回の大統領就任時とは様相が大きく異なります。
ボリス・エリツィン露連邦初代大統領は1999年の大晦日、国民に謝罪して大統領を突然辞任、後任にプーチン首相を大統領代行に指名。プーチン大統領代行初の仕事が、「エリツィン大統領と家族は神聖にして犯すべからず」という趣旨の大統領代行令第1号の布告となりました。
1990年代末期は一時期油価が1バレル10ドルを切る時代となり、≪油上の楼閣経済≫たる国家財政は破綻。デノミやインフレで、国民の不満は頂点に達していましたが、プーチンが大統領に就任するや否や神風が吹き、油価上昇と共にプーチン人気も右肩上がり。まさに、(ほかの要因もありますが)油価とプーチン政権はほぼ正比例していたとも言えましょう。