AI・SNS時代に失われる身体性と学習の核心
──AIやSNSが隆盛し、コスパ/タイパが強調され、教育現場でもAI活用に四苦八苦しています。その中で、個人の学習者は何を大切にすべきでしょうか。
西平:身体性の視点が重要です。他人事ではなく当事者になる。私の学生時代には「実存」という言葉が生きていました。借り物の理解や一時しのぎの正解ではなく、責任を引き受ける場としての我が身。私の中で「実存」は「我が身」であり、身体です。
AIは身体から離れてゆくと言われます。しかし面白いことに、逆に「実は身体も大切だった」と、あらためて気づき直される機会が増えています。同様に、AIが先に進めば進むほど、逆に人間にしかできないことが問い直されていきます。例えば、味わう、触れ合うというような、言葉にしにくいところに今後は光が当たるチャンスが出てくると思います。
コスパ/タイパで言えば、効率の外側にある経験も大切にすべきだと思います。「失敗する・怪我する・病気になる」などは、効率の論理から言えば何もできない無駄な時間になりますが、長い目で見ると、そうした時間の中でいろいろ考え、人生を見る眼が豊かになります。
守破離に倣えば、人生には必ず「破」の時期が組み込まれている。そして「破」の時期を通ることで初めて厚みが出ます。「守」と「破」があって初めて「しなやかさ」が可能になるというわけです。

そうした知恵が大切になるのは、後継者を育てるようになってから、あるいは、子育てに関わるようになってからかもしれません。育てることは、思い通りにならない相手のリズムにつきあうということです。
効率よく生産するという発想だけではうまくいきません。つまずき、失敗し、元気がなくなる。そうした波を、いのちのリズムとして大切にする視点が、どうしても必要になると思います。
──以前、ケアを研究されている方に「ケアとは、ままならぬものに巻き込まれることだ」と伺ったことがあります。
西平:それは本当にいい表現ですね。ケアのまさに核心です。コスパ/タイパは、目的地が安定していることを前提に、今のステップを最適化する思想です。でもケアは着地点が見えにくい。だからこそ、「ままならぬものに巻き込まれ、手探りしていく」必要があると思います。
それを稽古のプロセスに組み込む知恵が守破離の「破」です。守破離の知恵は、AI・SNSが隆盛している現代において、立ち戻る場所を思い出させる思想でもあると思います。
西平 直(にしひら・ただし)
1957年生まれ.
信州大学、東京都立大学、東京大学に学び、立教大学、東京大学に勤務の後、2007年より京都大学大学院教育学研究科教授。現在、上智大学グリーフケア研究所副所長、京都大学名誉教授、専攻は教育人間学、ライフサイクル研究、死生学、日本思想。著書に『教育人間学のために』(東京大学出版会、2005年)、『世阿弥の稽古哲学』(東京大学出版会、2009年、増補新装版、2020年)、『無心のダイナミズム――「しなやかさ」の系譜』(岩波書店、2014年)、『誕生のインファンティア』(みすず書房、2015年)、『稽古の思想』(春秋社、2019年)、『内的経験――こころの記憶に語らせて』(みすず書房、2023年)ほか
飯島 渉琉(いいじま・わたる)
はり師・きゅう師資格取得後、武蔵野大学通信教育部心理学科卒業。2024年から静岡県伊豆市地域おこし協力隊として伊豆市のコミュニティFM局で企画・構成・編集・パーソナリティとして活動中。音声コンテンツ・映像コンテンツ制作に勤しみながら、YouTubeチャンネル「著者が語る」に参画。
