停戦はどこで起きるのか
戦争の終わりを決めるのは、戦場ではなく、体制の限界である。
ロシアが停戦を選ぶのは、軍事的敗北ではなく、体制がこれ以上の消耗に耐えられなくなったときである。
ウクライナ側もまた、国際支援の持続可能性と国土防衛の限界が交差したときに停戦を模索する。停戦は軍事的勝利ではなく、政治的均衡点によって決まる。
停戦は終わりではなく、国家の再生という、より困難な戦いの始まりである。
戦後の東アジア、ロシア弱体化の地政学
ロシアの弱体化は、極東の軍事バランスを変える。戦力は低下するが、核と老朽兵器は残るため、ロシアは「弱いが危険な隣人」へと変質する可能性がある。
さらに、ロシアは中国への依存を深め、東アジアは米日韓 vs 中露という構図が強まるだろう。
エネルギー地政学も再編され、サハリンの重要性は増し、アジアの資源競争は激化する。
日本にとってロシアは、「読みにくい核保有国」へと変質するとみられる。その不確実性こそが、戦後の最大の安全保障課題となる。
筆者の願い
ロマノフ王朝は崩壊し、ソ連が生まれ、そしてソ連は自壊し、ロシアが誕生した。この国家は、崩壊と再生を幾度となく繰り返しながら、常に新しい姿へと変貌してきた。
ウクライナ戦争によって現在のロシアは深刻な損傷を受けているが、歴史のパターンに照らせば、このまま沈むとは限らない。いずれ新たな体制が生まれ、再び大国として台頭する可能性もある。
戦略家エドワード・ルトワックが説くように、歴史はしばしば逆説に満ちており、敗北や破壊こそが次の再生を準備する契機となる。
ロシアの歩みは、その逆説を体現してきた。
ロシアが再び世界の舞台に立つとき、それは過去の延長ではなく、ユーラシアと世界の安定に寄与する「新しいロシア」であってほしい。
プーチン氏が体制固守というエゴを捨て、一日も早く停戦を決断すること。国家基盤の毀損はロシアだけでなくウクライナも同じであり、両国の復興のためには早期停戦が不可欠である。
ウクライナの歴史もまた、幾度の破壊を経ても再生へと向かう民族の意志を示してきた。
その苦難の歩みは、ルトワックが語る「歴史の逆説」、すなわち破壊がしばしば再生の条件となるという現実を雄弁に物語っている。ウクライナにも国家再建の道を歩んでほしい。
早期停戦こそが、戦後の両国の復興を可能にし、ロシア国民とウクライナ国民の未来を左右する。そしてそれは、欧州、さらには世界の平和にとっても望ましい道である。
米国のドナルド・トランプ大統領が今年11月の中間選挙を前に停戦仲介に意欲を示しているという報道もある。
動機が、戦争を何が何でも終わりにしたいという純粋なものではなかったとしても、もし停戦をもたらすのであれば、それは歓迎すべき結果だ。
歴史の歯車が、破壊ではなく再生の方向へと再び回り始めることを願ってやまない。