高い支持は瞬間風速、長続きはしない

 現在の政権はまさに「十年後の成功」を手にした弟の立場に近いともいえましょうか。戦後最多議席という圧倒的な基盤、高い支持率、国民の期待――これらは紛れもなく「大店」であります。しかし、だからこそ「鼠穴」に気づき、常に塞ごうとする気遣いこそ肝心ではと察しています。

 つまり、鼠穴とは――政権の側近や支持基盤が「大したことはない」と軽視しがちな小さな歪み、矛盾、潜在リスクです。

 例えば、経済政策の恩恵が一部に偏り、地方や中低所得層に十分に行き渡らないこと。安全保障政策の強化が、国民生活の自由やプライバシーを圧迫する懸念。外交での強硬姿勢が、予想外の国際的孤立を招く可能性。あるいは党内での派閥バランスの崩れ、官僚組織との摩擦、メディアとの関係悪化など、「鼠穴」になりそうなリスクは枚挙にいとまがありません。

 これらは今、表面化していないかもしれません。大火にならない可能性も無論あります。また、支持率が高く、議席が多数であれば、多少の批判も「野党の揚げ足取り」と片付けられ、国民の多くも目をつむってくれるような環境であるとも言えましょう。

 しかし、ひとたび火がついたとき――経済が急変し、国際情勢が激変し、国民の不満が一気に爆発したとき――その小さな穴から火が回り、すべてを焼き尽くす危険性は確かにあるのです。

 実際、歴史はそれを何度も証明してきました。自民党の長期政権が失速した1993年、民主党政権が短命に終わった2012年、安倍政権末期の支持率急落――いずれも「鼠穴」を塞がなかった結果と言えるのではないでしょうか。

 怖いのはやはり「慢心」なのです。武田信玄は家訓として、「戦いは五分の勝利をもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となる、五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分はおごりを生ず」と『甲陽軍艦』の中で言い切っています。

 高い支持率は永遠には続きません。それは国民が「今は期待している」という、極めて儚(はかな)い瞬間風速的な信頼に過ぎません。夢の中で大店を失った弟のように、現実でも一夜にしてすべてを失う可能性だってあります。

 だからこそ、今のうちに民の声に謙虚に耳を傾け、小さな穴を探し、丁寧に塞いでいく姿勢が求められるとも言えましょう。

 落語の最後は夢で終わるから大団円ですが、現実の政治に「夢でよかった」はあり得ません。談志の『鼠穴』は高市首相にとって最良の警鐘となるものではないでしょうか。

立川談慶(たてかわ・だんけい) 落語家。立川流真打ち。
1965年、長野県上田市生まれ。慶應義塾大学経済学部でマルクス経済学を専攻。卒業後、株式会社ワコールで3年間の勤務を経て、1991年に立川談志18番目の弟子として入門。前座名は「立川ワコール」。二つ目昇進を機に2000年、「立川談慶」を命名。2005年、真打ちに昇進。著書に『教養としての落語』(サンマーク出版)、『落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方』、『安政五年、江戸パンデミック。〜江戸っ子流コロナ撃退法』(エムオン・エンタテインメント)、『狂気の気づかい: 伝説の落語家・立川談志に最も怒られた弟子が教わった大切なこと』(東洋経済新報社)など多数の“本書く派”落語家にして、ベンチプレスで100㎏を挙上する怪力。