言語学に残されている奇妙な現象
──書籍には、日本語話者は質問から応答までの時間が短いという記述もありました。主語を推測しつつ、しかも動詞や否定・肯定が文末に来る日本語は、むしろ応答に時間がかかるようにも思えます。
水野:そこは僕も不思議に感じています。さらに、日本語話者は、相手が話し終える前に「かぶせ気味」に返答する傾向があります。これも非常に不可解です。
ただ、僕たちは常に文の内容を予測しながら相手の話を聞いています。文の途中でも、構造や意味を推測し、次に来る語を予想しているのです。つまり、相手が話し終わる前に、文の内容をある程度把握しているのです。
予測が外れた場合は思考を巻き戻し、前の部分に立ち返ります。有名な例が「The old man the boat」というガーデンパス文(※)です。
※読み手が最初に間違った文構造を想定してしまい、途中で解釈を修正しないと意味が分からなくなる文
この文章の冒頭、「The old man(年配の男性たち)」が一括りの名詞で主語だと勘違いしてしまいますが、直後に「the boat」という名詞が続いています。「おや?動詞がない」となるわけです。そこで文頭に戻り、「The old(年配の人々)」が主語、「man(操縦する、管理する)」が動詞だと理解します。このように、僕たちは読むときも聞くときも予測を重ね、終盤でどの予測が正しいかを確定させています。
このように僕たちは会話の最中でも文章を読むときでも、常に予測をしているため、かぶせ気味の応答もできてしまう。ただ、日本語話者が特にこの傾向を強く示す理由については、まだ説明がつきません。
──言語学には、まだ言語化されていない(現状解決していない)奇妙な現象がたくさんあるとありました。特に気になっている現象はどのようなものですか。
水野:いま特に気になっているのは「連濁(れんだく)」です。名詞同士をつなげて複合語を作るとき、後ろの言葉の頭の音が無濁音から濁音に変わる現象のことです。例えば「喉」と「仏」を組み合わせると「喉仏(のどぼとけ)」になります。
実はこの連濁、一見単純に思えますが、実際には法則性を見いだすのが非常に難しい。いくつか仮説はあるものの、必ず例外が出てきます。
たとえば、「後続要素に濁音が含まれると連濁は起きない」という法則があります。「毒」と「カエル」を組み合わせると「毒ガエル」となり、頭文字が濁りますが、「トカゲ」はもともと濁音を含むため「毒ドカゲ」とはならず、「毒トカゲ」となります。
しかし、この仮説にも例外があります。「毒キノコ」は「キノコ」に濁音がないのに連濁せず、「縄ばしご」は「はしご」に濁音が含まれるのに頭文字が濁る。つまり、どんなルールを立てても破られるのが連濁です。それが研究者の関心を引き続けている理由でもあります。