この30年余りで収奪的な社会に変質した日本
河野:日本も低成長への処方箋として、アメリカに追随して新自由主義的政策を選択したことが誤りだったと思います。生産性が上がっても正社員の賃金は増えず、さらに非正規雇用を増やして、格差が拡大してしまった。不満が高まるのは当然です。
資本主義では「市場が欲するものを作る」ということになっていますが、それは正確には「お金のある人の需要を満たす」ということになります。
権利は平等といっても、適切な分配をしないと、お金持ちが際限のない欲望を満たすために多くの人が働くことになってしまう。
ケインズは1928年に100年後には一人当たりGDP(国内総生産)は4倍から8倍になり、労働時間は3分の1になるだろうと予言しました。しかし、一人当たりGDPは予言通りになりましたが、私たちの労働時間は100年前とほとんど変わっていません。
米英流のコーポレートガバナンス改革による株主重視や経営者層へのストックオプションなどの報酬拡大についても私は否定的です。「企業経営者の役割は株主の利益最大化」といった考えで企業経営をするから、イノベーションの果実が一部の人に集中し、生産性が上がっても皆の賃金が改善しない。
仕事は多くの人たちとの関係で成り立っており、一人でできるものではありません。日本はそういう考え方でやってきたのに、この30年余りで、収奪的な社会に変質しています。

──この本では、AIが日本の中間層に与える影響や外国人労働者の問題なども詳述しています。このところ精力的に著作を発表されていますが、次のテーマは何でしょうか。
河野:ドル基軸通貨制度の行方について本を準備しています。先ほどの通貨覇権のテーマについて言えば、話はそう単純ではありません。
先日、米国でステーブルコインの普及を目指すGENIUS法が成立しました。アメリカはドルに1対1で連動するステーブルコイン、つまり民間のネットワーク技術を使って、国家制度の外側から通貨覇権を維持すればよいと考えているのではないでしょうか。
ステーブルコインについては欧州や中国、日本では使用を認めていませんが、グローバルサウスの国ではスマホ一つで決済ができるという利便性から広がり始めています。いずれはこれが中央銀行の管理下にない制度なき覇権通貨として、他国の通貨主権を侵害する恐れはないでしょうか。そうしたことに注目しています。
それと、資本主義を考え直すという点では、アングロサクソン的なものの考え方が本当に良いのか、「資本移動の自由」やヴァンスが言うように「所有権的個人主義」も行き過ぎていないか、そうしたテーマについても書きたいと思っています。
河野龍太郎(こうの・りゅうたろう)
1964年生まれ。1987年横浜国立大学経済学部卒業、住友銀行(現・三井住友銀行)入行。1989年大和投資顧問(現・三井住友DSアセットマネジメント)、1997年第一生命経済研究所を経て2000年からBNPパリバ証券。現在、経済調査本部長、チーフエコノミスト。2023年7月より東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員。日経ヴェリタス紙のエコノミスト人気調査で2024年までに11回連続の首位。
大崎 明子(おおさき・あきこ)
早稲田大学政治経済学部卒。一橋大学大学院(経営法務)修士。1985年4月から2022年12月まで東洋経済新報で記者・編集者、2019年からコラムニスト。1990年代以降主に金融機関や金融市場を取材、その後マクロ経済担当。専門誌『金融ビジネス』編集長時代に、サブプライムローン問題をいち早く取り上げた。2023年4月からフリーで執筆。


