衆院選の選挙協力で結成する新党の名称を「中道改革連合」と発表する、立憲民主党の野田代表(左)と公明党の斉藤代表=16日午後、国会(写真:共同通信社)
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(尾中 香尚里:ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員)

完全ノーマーク、不意打ち食らった高市首相

 高市早苗首相が通常国会(23日召集)冒頭での衆院解散を検討しているとの報道が流れ、その無茶苦茶なスケジュール感に日本中があ然としたのもつかの間、今度は野党第1党の立憲民主党と、連立政権から離脱し「新・野党」となった公明党が新党「中道改革連合」を結党した。この間、わずか1週間。めまぐるしい政界の動きは、1990年代半ばに自民党が初めて野党に転落した頃の政界の激動にも似てきた。

 筆者は昨年12月30日にこの場で「公明党が握る2026年高市政権の命運、維新・国民の与党傾斜で手にした政局の主導権、高支持率でも実は脆い自民の足元 次期衆院選で明確になる公明党のスタンス、立憲と連携なら自民は心穏やかにいられるか?」という記事を公開したが、事態は筆者の予想をはるかに超えて進んだ。軽く驚いている。

 高市首相は解散の方針を自民党内にもほとんど明かさず、官邸周りの少数の人物だけで決めてサプライズを演出したはずだったが、ノーマークだった野党陣営に、逆にサプライズを仕掛けられた形になった。

 高市首相は「自民党の単独過半数を回復し、日本維新の会や国民民主党に媚びずに政策を実現する」ことばかりに気を取られ、野党陣営の立憲や公明のことなど考えてもいなかった。その結果、公明党がこの間たびたび発してきたメッセージの意図を十分に受け取れず、「なめくさっていた」野党からとんだ不意打ちを食らった、と筆者はみている。

「高市自民圧勝」が当然視されていた政界の空気は一変した。2月8日とも15日とも言われる投開票日まで、政治の動きから「目が離せない」状況が生まれたのは、実に好ましい。