浮かぶ故・安倍晋三氏の存在

 常識の裏をかく、執念のごとき権力追求である。その背景と狙い、このタイミングが持つ意味は何なのか。幾重にも交差するベールをかき分け、ひも解いてみる。

 そこには、高市首相が後継を自任し、過去の総裁選で支援を受けた故安倍晋三元首相という存在が、自ずと浮かび上がってきた。まるで全てを貫く、一本の筋のように、である。

自民党有志のグループ「保守団結の会」で安倍元首相の写真を横にあいさつする高市早苗政調会長=2022年8月3日(肩書は当時、写真:共同通信社)

 複数の政府、自民党関係筋によると、解散に意欲を示す高市首相の下、官邸サイドでは木原稔官房長官や今井尚哉内閣官房参与が、衆院選の検討を入念に進めていた。今井氏は安倍首相の秘書官や補佐官を歴任し、2度の衆院解散・総選挙を成功裏に終わらせ、史上最長政権を樹立した立役者の一人である。

 とりわけ、安倍氏による最初の衆院解散となった14年秋の衆院選は、直前まで解散報道はなく、今回との類似性を彷彿とさせる。事実、高市首相は保守的イデオロギーや積極財政という政策面以外に、人事や体制も安倍政権を範としているとの指摘がなされてきた。

「橋の上で写真を広げて両岸を見ていただいた。安倍総理をもう一度、伊勢神宮に連れてきてあげたかった」

「伊勢志摩サミットでG7首脳と共に伊勢神宮を参拝された時のお写真、遺影にお使いになったお写真を持ってまいりました。伊勢神宮に参りましたよ、再び安倍総理も一緒に来られましたよ、という気持ちをお伝えしたかった」

 高市首相は1月5日に伊勢神宮に参拝した際、安倍氏の写真を持参した。同日の年頭記者会見で理由を聞かれ、このように説明した。無論、衆院解散検討の伏線だったのは、言を俟たない。

 安倍氏は22年7月に参院選の応援演説の最中、奈良市で凶弾に倒れ、帰らぬ人となった。奈良県には高市氏の選挙区がある。

 高市氏は1月13~14日、来日する韓国大統領とのシャトル外交による首脳会談を奈良で行う。奈良は、国内で最初に継続的な王朝ができたとされる、いにしえの都である。高市氏も折に触れ、十七条の憲法や万葉集を含め、その伝統や意義を語り継いできた。こうした奈良のゆかりは、かつて「美しい国」を謳い上げた安倍氏の遺志との重なりを彷彿とさせる。