そういう意味では新潟は「野球どころ」とは言えないように思える。

 しかし筆者は、馬場正平の取材に際して新潟市、長岡市、三条市などを歩いたが「早起き野球」をする人たちをあちこちで見た。「早起き野球大会」参加チーム数は、日本トップクラスだといわれている。

 地元の人は「新潟の人は、野球は弱いが大好きだ」と語る。

 そんな野球好きの新潟県で、日本最大のチーム数の独立リーグ、BCリーグ(ベースボール・チャレンンジ・リーグ)が生まれている。

新潟から生まれたBCリーグ設立の機運

 BCリーグは、敏腕ビジネスマンだった株式会社ジャパン・ベースボール・マーケティング前社長、村山哲二氏の「決断」と「転身」によって生まれたと言ってよい。

 村山氏は新潟県柏崎市出身、駒沢大で準硬式野球をやり、卒業後は外車のディーラーをへて電通東日本支社に入社。アカウント(営業職)として勤務した。

 村山氏はJリーグのアルビレックス新潟を担当。村山氏自身が「サポーターだ」と公言するほどにのめり込み、アルビレックス新潟を全国屈指の人気クラブに押し上げた。

 その村山氏に当時のアルビレックス新潟代表取締役だった池田弘氏が「新潟にも気楽に応援できるプロ野球を」と持ち掛けた。村山氏はNPB球団の誘致は非現実的と判断し、独立リーグ球団を設立することにした。

 既に四国では、四国アイランドリーグが始まっていたが、創設者の石毛宏典氏は、村山氏の駒沢大の先輩でもある。石毛氏に相談の上「単独の球団ではなく、地方創生のための野球リーグを作るのなら」という話になって、BCリーグを設立することになった。

 当時、村山氏は電通東日本の営業部長になっていたが退社してBCリーグ設立に専念し、足元の新潟だけでなく、富山県、石川県、長野県の野球界、経済界と球団設立の折衝を始め、2007年、石川、富山、新潟、信濃の4チームによる「北信越ベースボール・チャレンジ・リーグ」がスタートした。村山氏はリーグ運営会社の「ジャパン・ベースボール・マーケティング」の創業社長としてリーグ運営を切り盛りした。

 BCリーグの立ち上げのときに、リクルートを退社して参加したのが、新潟県南魚沼市出身の池田拓史氏。当初はリーグ運営にかかわっていたが、新潟アルビレックスBCに転じ、球団運営に携わった。当初は累損赤字に苦しんだが2010年、4シーズン目で黒字に転換し、以後は堅調な経営を続けた。

独立リーグ時代のアルビレックス新潟=2017年(筆者撮影)

 独立リーグは、経営基盤がぜい弱で、経営者が何度も交代したり、球団そのものが消滅することも多いが、新潟アルビレックスBCは、一般的な独立リーグの営業規模の2倍の、年商2億円をキープ。新型コロナのパンデミックも乗り越えて、黒字経営を続けた。