韓国には月のリズムが息づいている(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)
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(立花 志音:在韓ライター)

「ママ、いってきまーす!!」。次男と娘がいつものように学校に行く。1月2日の朝である。12月31日も普通に登校した。韓国で迎える1月1日は、ただの祝日である。

 日本のように街全体が「新しい年の空気」に包まれる感じは希薄だ。門松も鏡餅もなく、年賀状文化もほぼない。こたつでテレビの特番をダラダラ見るという、お正月のだらしない幸福感もない。年越しそばのようなものもないので、韓国の行く年来る年の感覚は、ただ1日が過ぎただけで終わる。

 韓国において、本当の意味での新年は旧正月──陰暦の正月である。ソルラルと呼ばれるこの日には、帰省ラッシュが起こり、親戚が集まり祭祀が行われる。子供たちがお年玉をもらうのもこの日である。新年は1月1日ではなく、陰暦の1月1日にやってくるのだ。

 韓国には現在も陰暦文化が強く残っている。誕生日や命日が陰暦で記録されている家庭は多く、カレンダーの数字は二重に刻まれている。便利であるとは言いにくい。

 毎年、我が家でカレンダーを新しくした時にすることは、義父母の誕生日チェックである。いつお祝いの食事会をするか、予想を立てることから1年が始まる。

 最近の韓国人の中には、陰暦を「非科学的で時代遅れの慣習」とみなし、廃止すべきだと主張する人も少なくない。デジタル化した現代社会に、アナログな旧暦のカレンダーはなじまないというのである。

 でも、筆者はむしろこの「不便さを抱え込んだ暦」が好きである。せっかく韓国で暮らしているのだから、陰暦文化を楽しんで取り入れないと損をするのではないかとさえ思うこともある。

 韓国社会のデジタル化の速度は凄まじい。キャッシュレスは徹底され、行政手続きはオンライン化し、フランチャイズ系コーヒーショップや個人経営の飲食店での注文と決済はほぼ機械化されている。

 街頭の巨大スクリーンには3D映像が躍る。波に飲み込まれそうな立体映像や、名画の世界に入り込んだような没入型デジタルアートは、もはや珍しいものではない。ニューヨーク・タイムズスクエアの映像を画面越しに見ていた頃の驚きが、日常の風景として眼前に現れている。韓国は間違いなく「未来の速度で走る社会」である。

 その一方で、人々の祭祀は陰暦で営まれ、墓参りの日付も月の満ち欠けに従って決まる。最新のITと古い暦が同時に機能しているのである。超高速通信と、旧暦という太古のリズム。この二つが同時進行する不思議な時の流れの中で、筆者は暮らしている。