一方で、課題も浮き彫りになっている。デビュー戦を見た新日本プロレスOBや有識者たちからはウルフに対し「体形をもっと絞るべき」「新日本の若手の腹筋はシックスパックだ」という声が出ているのも事実だ。トップを張っていく存在になるためには、肉体管理の厳しさが今後さらに求められるだろう。
そして何より問われるのが、新日本プロレスの創始者アントニオ猪木が掲げ続けた「闘魂」だ。「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」という覚悟。王座を手にした瞬間から、その重みは倍増する。守る立場に回ったとき、どこまで本気で戦い続けられるか。そこに、ニュースターとしての真価がある。
「燃える闘魂」アントニオ猪木。黒いパンツと黒いリングシューズだけというスタイルは「ストロングスタイルの象徴」とされている(写真:産経新聞社)
新日本プロレスの転換点にウルフアロンが登場した意味
棚橋弘至という「プロレス界の象徴」がオカダ・カズチカに敗れてリングを去ったその日に、ウルフアロンがチャンピオンベルトを腰に巻いた事実は単なる偶然では片づけられない。
新日本プロレスは今、明確な転換点に立たされている。スターの自然発生を待つ時代は終わり、団体が意志を持って「次」を提示しなければ観客は戻らない。長引く業界全体の観客動員低迷、ファン層の高齢化、エンタメ市場の競争激化――。
こうした逆風の中で、柔道金メダリストという社会的知名度と、正攻法の育成を経た“プロレスラー・ウルフアロン”を1・4東京ドームの主役に据えた判断は、新日本プロレスが示した一つの「答え」だった。
かつてのように話題性だけで他競技のスターを消費するのではなく、プロレスの文法を理解させ、団体の歴史の延長線上に置く。その象徴としての戴冠であり、だからこそウルフの勝利は新日本プロレスだけでなく、プロレス界全体へのメッセージでもあった。
もっとも、ここからが本当の勝負である。王座を獲った瞬間がピークでは意味がない。むしろ、プロレス界が過去に何度も繰り返してきた「期待先行→失速」という失敗の轍を、再び踏む危険性も常に隣り合わせだ。ウルフに求められるのは勝ち続けること以上に、闘い続ける姿勢だ。
アントニオ猪木が体現し、棚橋も守り抜いてきた「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」という闘魂の思想は、派手な技や肩書では代替できない。王者として試されるのは防衛戦の一つ一つで、どれだけ観客の感情を揺さぶれるか。新日本プロレスが再び時代の中心であり続けるために、ウルフは業界の期待と不安、そのすべてを背負ってリングに立つ存在となった。
1・4東京ドームはゴールではない。むしろ、日本プロレス界が再浮上できるかどうかを占う、長い物語の始まりに過ぎない。



