最後に勝敗を分けたのは、ウルフの“原点”だった。組み合いの中で体を巧みに密着させていくと、下から足を絡める逆三角絞め。柔道家として体に染みついた技だが、プロレスのリングで決めるには瞬時の判断と覚悟が要る。逃げ場を失ったEVILの動きが止まり、やがて完全に脱力した。失神を確認したレフェリーが慌てて試合を止め、ゴングを要請する――。次の瞬間、東京ドームは爆発的な歓声に包まれた。

 デビュー戦での王座戴冠。それも1・4東京ドームという、プロレス界最大の舞台である。

輪島、北尾、小川直也…かつての「プロレス転向組」とウルフアロンとの違い

 この日は、新日本プロレスにとって象徴的な一日だった。団体の屋台骨を支え続け、エースとして時代を築いてきた現社長の棚橋弘至が、新日本から巣立ってAEWへ移籍したオカダ・カズチカを相手に現役最後の試合に臨む日。その節目に、未来を担う存在としてウルフのデビュー戦が組まれた。この構図こそが、新日本プロレスがウルフに寄せる期待の大きさを何より雄弁に物語っている。

 振り返れば、他の格闘技からプロレスに転向した「超大物」は数多い。大相撲第54代横綱の輪島大士、第60代横綱の北尾光司、バルセロナ五輪柔道銀メダリストの小川直也は近年で見れば、プロレスラーへの華麗なる転向を果たした代表格だろう。

 いずれも鳴り物入りでマット界に登場し、確かに話題をさらった。しかし小川が橋本真也との死闘を繰り広げるなどインパクトを残す活躍を見せたとはいえ、業界を長期的に支える存在になれた例は多くない。理由は単純だ。特別待遇が、プロレスという競技への理解を阻んできたからだ。

 だが、ウルフは違った。入団後、東京・世田谷区の新日本プロレス野毛道場で若手と同じ合同練習に参加し、ヒンズースクワット500回などの基礎トレーニング、過酷な受け身、スパーリングを積み重ねてきた。試合会場ではリング設営やセコンド業務もこなした。プロモーションとしての“見せる練習”ではなく、密室での地道な積み重ね。その成果が、このデビュー戦に凝縮されていた。

東京・世田谷の新日本プロレス道場での公開スパーリング後、記者の質問に答える棚橋弘至とウルフアロン(写真:産経新聞社)