地域に溶け込み、チャンスを見逃さない
④移転先に溶け込む
四つ目は移転先に溶け込むことである。移転先の自治体や地域住民から受け入れられることが大切である。
クオリティソフトは本社であるイノベーションスプリングス内にある社員食堂のくおり亭や、約20人を収容できる宿泊施設などを一般開放している。ランチタイムには定期的に地元のアーティストを招待したコンサートを開催している。地域住民が80人ほど集まるという。
一般開放している社員食堂を利用する地域住民
また、地域活性化の目的で、婚活イベントを過去8回開催してきた。イノベーションスプリングスを中心に新たなコミュニティが生まれている。
デキタの時岡さんは江戸時代から続く熊川宿に暮らす人たちに受け入れられるために、東京での施設開発コンサルティング経験を生かして、若狭町役場の協力を得て熊川地区のまちづくりについて話し合う会議を企画した。熊川宿に住む人たちや地元企業とともに、熊川宿の将来像を考えながら、自分のまちづくりに対する思いを知ってもらうことで少しずつ地域に溶け込んでいった。
移転先で事業を軌道に乗せるためには、その地域にあるコミュニティを尊重し、時間をかけながら進めていくことが大切である。その方法は各社さまざまだが、地域とともに成長していきたいという姿勢は共通している。
⑤地方ならではのチャンスを見逃さない
五つ目は地方ならではのチャンスを見逃さないことだ。
クオリティソフトの浦聖治さんは一般開放している食堂、くおり亭を訪れた白浜町役場の職員から、沿岸部や山間部で暮らす住民に防災放送を届けづらいという課題を聞いた。ちょうど同じ頃、従業員から聞いた圧電スピーカーのアイデアとドローンを組み合わせることで、解決できると考えた。
クオリティソフト代表取締役CEOの浦聖治さん
さらに、地元ラジオ局の社長からAIで英語や中国語、韓国語など28カ国語に翻訳して放送できるAIアナウンサーシステムの存在も教えてもらった。こうして生まれたのが「アナウンサードローン」である。
上空から多言語の音声を発信できる。同社はイノベーションスプリングスに集まったアイデアをもとに防災ビジネスに進出したのである。
デキタは宿泊施設をオープンして2年後の2022年に、小さな食品工場を建設した。そこでは若狭町で栽培している山内かぶらや、熊川宿で自生する熊川葛を使った茶葉など、オリジナル商品を生産している。地元に眠る隠れた経営資源を活用して域外に売り込んでいく。同社は宿泊施設の運営を軸にしつつ、事業の多角化を果たしている。
地方の衰退がいわれるなか、事例企業は成長の種を見つけ成長に結びつけている。こうしたチャンスに気づけるのは、地方に移転してきた企業ならではの目線があるからではないだろうか。
地元では当たり前と思われている物事が、外から来た人には斬新に映り、新たなアイデアを誘発するのは不思議なことではない。
中小企業にとって本社機能の移転は今後数十年を左右する重要な経営判断であるが、地方への移転はコスト削減だけではなく、企業が成長するための選択肢の一つとなり得る。地方創生の観点からも、中小企業の移転は大いに注目すべきテーマといえる。
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