原告男性が勤務していた福島警察署(画像:Google)
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 犯罪の捜査や交通事故の処理、地域の防犯パトロール、特殊詐欺の未然防止……。市民の安全を守る警察官の仕事は忙しく、終始緊張を強いられる。しかも警察の職場では、残業や休日出勤が半ば当たり前となっていながら、時間外手当はほとんど支払われないという実態がある。
 
「しかし、それはおかしい。警察官だからといってサービス残業を強いられていいわけがない。すべての警察官がやりがいを持てる職場にしてほしい」――。そんな思いから福島県警の元警察官が在職中の未払い残業代を支払うよう求めた「福島県警残業代訴訟」が、福島地裁で争われている。福島県警に限らず、警察官の時間外手当については実際の稼働時間に見合った金額が支給されないことが多く、不正や不公平の温床となっていると言われる。
 
 残業代の未払いは、警察官の士気に直結する大問題だ。全国約26万人の警察官が密かに注目する訴訟の現状を報告する。

(フロントラインプレス)

福島県警元巡査部長の壮絶な勤務実態 

 福島県警を訴えているのは福島県内に住む30代の男性で、福島県警の元巡査部長。男性は主に交通部門を歩き、最後は福島市の福島警察署に勤務。交通事件の捜査などに従事し、2022年11月に退職した。そして、2024年5月、福島県(県警)を相手取って、福島地裁に提訴した。
 
 男性の代理人である倉持恵弁護士らによると、男性が福島県に請求したのは2022年4〜11月までの8カ月間にかかる超過勤務手当(残業代)、休日給(休日出勤手当)、夜勤手当、特殊加算手当(死亡事故処理や被疑者の取り調べなど心理的・肉体的負担が大きい場合に支払われる手当)。これら手当の未払い額に、遅延損害金や慰謝料などを含めると総額は約600万円に上るとし、福島県に速やかな支払いを求めている。
 
 この訴訟では、「勤務実績簿」という書類が証拠として提出されている。警察官は日々の勤務で時間外勤務や特殊勤務が発生したら、その理由とともに開始時刻・終了時刻を記載する取り決めだ。

 福島県警では、通常の日勤の場合、午前8時30分〜午後5時15分(うち休憩1時間)が所定勤務時間で、これを超えて勤務する場合に超過勤務手当を支給しなければならない。さらに各月の時間外の合計が月60時間を超えた場合にはさらに割り増し手当を支払うことも県条例で定められている。
 
 ところが、原告の男性によると、勤務実績簿に本当の時間外を記載する者はいない。警察官になった当初から「警察では本当の時間外を申告するものじゃない」という“きまり”を組織の慣習として周囲から教えられるうえ、仮にありのままの残業時間数を記載したとしても上席から厳しく指導されるのが明白だったからだという。

 裁判所に提出した原告側の準備書面でも「超過勤務時間を極力少なく申告するようにとの圧力が強く、原告は実際の勤務時間よりも短い時間で勤務実績簿を作成し、提出していた」としている。
 
 ただ、この男性は2022年5月以降は、極力本当の勤務時間や仕事内容に近い時間を記録していた。その記録と本訴訟で開示になった証拠などによると、上記の2022年4〜11月のうち、コロナウイルス感染症の影響により休みの多かった8月と退職が決まって有休消化期間に入っていた11月を除く残業時間は、月平均で150時間強になる。4〜6月の3カ月は各月とも150時間を超過。とりわけ、交通事件が連続した6月は忙しく、時間外は190時間を超えている。
 
 そうした結果、4〜11月の総時間外は1000時間を突破する事態となっていた。
 
 厚生労働省は「過去2〜6カ月の時間外労働がおおむね80時間以上、もしくは1カ月間の時間外労働がおおむね100時間」を過労死ラインとして定めている。交通部門の巡査部長として多忙を極めていた男性の勤務実態は明らかに過労死ラインを大幅に超えている。これほどの長時間労働は過労死のリスクを高めるだけでなく、人間らしい最低限度の日常生活の維持すら困難にする危険性がある。

 しかし、そうした実態が続いていたにもかかわらず、この間、男性に支払われた超過勤務手当等は合計で約40万円しかなかった。代理人の倉持弁護士が男性の勤務実態や県の規定に照らし合わせて再計算したところ、福島県警は本来、男性に対して、超過勤務手当等だけで約230万円を支払う必要があった。その差、約200万円を超える大きな金額だ。