「どうせもらえないから、どうでもいい」と諦める同僚
では、警察官の時間外手当はどのようにして支給額が決まっているのだろうか。
北海道警察における組織的裏金づくりの実態を2004年に実名で告発した元北海道警察釧路方面本部長の原田宏二氏(故人、最終的な階級は警視長)は生前、時間外の配分に関しても実態を明らかにしている。
それによると、各所属(警察署や本部の部・課など)に配分される時間外手当には総額の上限があり、それを署員で分配する形になる。ほとんどが実際の勤務実態とは無関係に支給されるが、若い警察官や交番勤務の場合にはどんなに実際の残業が多くてもゼロか数時間分しか手当を付けないケースも珍しくなかったと取材などで語っていた。
さらに、裏金作りの過程で、部下に支給すべき時間外手当を幹部らがピンハネしていたという疑惑が取り沙汰されたこともある。残業の時間数とは連動せず、上司が裁量で時間外手当の支給額を差配するケースもあるとされ、当時は「署長のお気に入りが時間外手当を多くもらえる」といった声も組織内で広がっていた。
福島県警時間外訴訟でも、原田氏の証言と似たような実態が明るみに出ている。
原告が提出した証拠。現職時代、手当をめぐって上司とやりとりした際の録音を翻訳したもの(書面の一部。上司の氏名はフロントラインプレスが黒塗り)
原告の男性は在職中、時間外手当の支給などをめぐって上司と何度か面談している。そのうち、2022年9月の面談は男性によって録音され、その文字起こしが証拠として裁判に提出された。男性の時間外手当や休日給などは、勤務実態とは関係なかったことを明かす貴重な証拠である。
それによると、面談の中で上司は「与えられた分で俺は平均には(部下に時間外手当を)均等に付けてるから。生活給だから、うちの超勤」「(今月は)超勤全然してねえからゼロですって言ったって、みんな納得しねえ」などと赤裸々に語っている。本当の勤務時間が“自主的”に削られている勤務実績簿の数値さえ、さらに低く抑えられることは警察では珍しくないというわけだ。
原告の元巡査部長は言う。
「形だけ取り繕い、実態より過少に残業を申告したのが勤務実績簿です。その過少申告の時間外ですら大幅に削られ、ほとんど手当をもらえない。在職中には『どうせもらえないから、どうでもいい』という同僚も少なからずいました」
警察官の時間外手当をめぐる訴訟では、1998年に交番勤務の愛知県警の警察官が「三交替の8時間勤務では、休憩時間が休憩の体をなしていない」などとして、休憩とは言えない時間について、それに見合う時間外手当の支給を求めて県警を提訴したことがある。このとき、裁判所は「警察の責務は極めて公共性が強く、市民生活の安全と平穏を守るために、昼夜を分かたず職務を遂行しなければならない」などとして、原告の主張を退けた。
また、2013年3月には、北海道警察の元警察官が未払い時間外手当の支払いを求めて札幌地裁に提訴した例がある。一審判決は約2500万円(慰謝料含む)の請求に対し、8万円を元警察官に支払うように命じた。この訴訟の代理人だった市川守弘弁護士によると、警察官に対する時間外手当の不払いが裁判所で認定されたのは、このときが初めてだったという。