「安全な嗜好品」として捉える余地はない

 アルコールの発がん性は単なる統計的関連ではなく、代謝、DNA損傷、修復破綻という明確な分子連鎖によって裏付けられている。がんを分子のレベルで理解するならば、アルコールを「安全な嗜好品」として捉える余地はなく、科学的事実に基づいた向き合い方が求められている。

 酒は日本だけでなく世界中で文化や社会慣習と深く結びついている。そのため、喫煙に比べてアルコールの健康影響に対する規制や啓発は十分とは言えないのが現状である。テレビからタバコの広告は姿を消した一方で、アルコールの広告は今なお日常的に流れている。

 しかし、同じ発がん物質であるタバコやアスベストを振り返れば、社会の対応は確実に変化してきた。アスベストは建築資材から排除され、飲食店での禁煙は今や当たり前である。発がん物質に対する認識と社会的対応は、科学的知見の蓄積によって少しずつ更新されてきた。

 年末年始を迎え、飲酒の機会が増える時期だからこそ、アルコールは発がん物質であるという事実を一度、立ち止まって思い出してほしい。その上で、科学的知識を踏まえ、自らの選択としてどう向き合うのかを考えることが、これからの社会に求められているのではないだろうか。

齊藤康弘(さいとう・やすひろ)
 慶應義塾大学政策・メディア研究科(先端生命科学研究所)特任准教授として乳がんの基礎研究に携わる。2018年に慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特任講師に着任する以前は、米国Beth Israel Deaconess Medical Center / Harvard Medical SchoolでResearch Fellowを務め、その前にはHuman Frontier Science Program Long-term FellowとしてカナダのPrincess Margaret Cancer Centreに在籍。2014年には株式会社ディー・エヌ・エーのDeNAライフサイエンスに入社し、遺伝子解析サービス「Mycode」の開発に従事。2011年には東京大学大学院医学系研究科 微生物学教室 助教として、胃がん発症の分子機序を研究した。北海道大学大学院理学院博士後期課程を修了(2011年)し博士号を取得。同大学院水産科学研究科博士前期課程修了(2006年)。同大学水産学部生物生産科学科卒業(2004年)。株式会社ステラ・メディックスのサイエンティフィックアドバイザーとフリーランスのサイエンティフィックライターとしても活動している。

慶應義塾大学政策・メディア研究科先端生命科学研究所分子腫瘍グループ(齊藤康弘ラボ)
Institute for Advanced Biosciences, Keio University Molecular Oncology Group