少量飲酒であっても上昇する乳がんの発症リスク

 さらに近年の研究から、発がんへの関与はアセトアルデヒドだけでは説明しきれないことが分かってきた。実は、アルコール飲料の主成分であるエタノールそのものが、体内の「酸化ストレス」を押し上げることが明らかとなってきている。ポイントになるのが、肝臓などにある薬物代謝酵素「CYP2E1」だ。

 CYP2E1はアルコールを処理する過程で増えやすく(誘導されやすく)、働くほどに活性酸素種(ROS)という反応性の高い分子を生み出す。活性酸素種は、金属がサビるときのように、細胞を少しずつ傷つけていく「攻撃的な副産物」だと考えると理解しやすい。

 活性酸素種が増えると、まず標的になりやすいのが細胞膜などに多い脂質である。脂質が酸化されると「脂質過酸化」が進み、いわば油が劣化していくような反応が連鎖的に起きる。その結果として生まれるのが、4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)などの反応性アルデヒドである。

 これらはアセトアルデヒドと同様に反応性が高く、DNAやタンパク質に結合して「余計な目印(修飾)」を作りやすい。DNAにそうした傷や歪みが入れば、複製の誤りや修復の遅れが起き、変異が残る確率が上がる。

 つまりアルコールは、(1)アセトアルデヒドによる直接的なDNA障害に加え、(2)CYP2E1→活性酸素→脂質過酸化→反応性アルデヒドという「遠回りのルート」でも、DNA損傷を増やしうるのである。

 アルコールの怖さは「毒が一種類」ではなく、体内で傷つけ役が次々に増えていく点にあるといえる。

 乳がんにおいては、アルコールは特に複雑な分子作用を示す。飲酒は肝臓におけるエストロゲンの分解を抑え、体内のエストロゲン濃度を上昇させ、ホルモン依存性の細胞増殖を促進する。一方で、エストロゲン代謝産物やアセトアルデヒドによるDNA損傷を同時に引き起こす。

 このように、増殖シグナルの活性化と遺伝子不安定性の誘導が同時並行で進むことにより、乳がんの発症リスクは少量飲酒であっても上昇することが分子レベルで説明できる。