「酒に強い」は危険を感じにくいだけ
「お酒に強いか、弱いか」は体質の問題だと思われがちである。しかしその正体は、アルコールそのものではなく、体内で生じるアセトアルデヒドという有害物質を、どれだけ速く処理できるかにほぼ集約される。この能力を決めているのが、ALDH2の活性である。
エタノールは体内に入ると、必ずアセトアルデヒドに変換される。この時点で、DNAを傷つけるリスクは、酒に強い人にも弱い人にも等しく生じている。違いがあるとすれば、その後にアセトアルデヒドをどれだけ早く分解できるかという点だけである。
つまり、「酒に強い」という体質は、アルコールが無害であることを意味しない。むしろ、症状が出にくい分だけ飲酒量が増えやすく、結果として体内がさらされるアセトアルデヒドの総量は多くなる。その積み重ねが、がんのリスクを静かに押し上げていく。
顔が赤くならない、翌日に残らないということは安心のサインではない。アルコール耐性とは、危険を感じにくい体質であって、危険がない体質ではないのである。
日本では酒が文化や社会慣習と深く結びついており、喫煙に比べてアルコールの健康影響に対する規制や啓発は十分とは言えない。テレビからタバコの広告はほぼ姿を消した一方で、アルコール広告は今なお日常的に流れている。しかし、分子生物学的に見れば、アルコールは明確なDNA損傷誘発物質であり、その発がん性は疑いようがない。
講義の中で学生が示した驚きは、科学的知見と社会的認識の乖離を象徴している。