山手線が自動運転の“有力候補”となった背景と条件

 すでに自動運転・無人運転を実現している鉄道は、厳密には新交通と呼ばれる。これらは「全路線に踏切がないこと」、「ホームドアが整備されていること」、「他路線との乗り入れや特急などの運行がないこと」が前提に計画・建設された。

 こうした前提があって初めて無人運転・自動運転が実現するが、そのほかにも鉄道会社や路線によって課題がある。例えば、東海道新幹線には営業線に踏切はなく、開業当初からCTCと呼ばれる列車集中制御装置が搭載されていた。

 CTCによって東海道新幹線は自動運転のような走行が可能だったが、だからといって運転士が不要になったわけではない。むしろ日本経済を左右しかねない大動脈の高速列車ゆえに、運転士は安全運行・定時運行といった運転操作以上の重責と使命感を背負った。

 ほかにも課題はあるが、少なくとも前述した3つの条件をクリアしなければ自動運転・無人運転のスタートラインに立てない。3つの課題をクリアすることは、私たちが考えている以上に課題が山積し、時間がかかる。

 JRの在来線は多くが戦前期に開業したが、当時は建設技術的・費用面・社会的な環境を考慮して線路と道路は平面で交差するように敷設され、その交差部には踏切が設置された。当時はマイカー所有率が低く、列車の運転本数も多くなかった。踏切があっても事故が起こることは少なく、踏切による渋滞が発生することもなかった。

 だが、高度経済成長期にマイカーが増えたことで渋滞や事故が問題視されるようになり、行政は立体交差化を推進する。この方針に基づいて原則的に踏切は新設されなくなるが、だからといって全国に7万以上もあった踏切を全廃できるはずがなかった。

 少しずつ立体交差化が図られているものの、まだ全国には約3万の踏切が残っている。東京や大阪といった大都市部にも踏切がある。

 山手線では、1981年に自動列車制御装置(ATC)という運転を支援する技術を導入した。同装置は一定の速度を超過すると、車両がそれを察知して自動的に減速する。こうした運転支援システムは時代とともに進化を遂げていった。

 そして山手線の自動運転・無人運転を実現するにあたり、自動列車運転装置(ATO)と呼ばれる運転支援技術の導入が急がれている。ATOは1963年に名古屋市営地下鉄東山線で初めて実用化された。JR東日本管内でも、2021年3月に常磐線の綾瀬駅―取手駅間を走る各駅停車でATOを初導入している。この技術が山手線でも実用段階に入り、それが鉄道全体の自動運転・無人運転を大きく前進させる。

 JR東日本は山手線の自動運転を実証実験した2022年、「2025年度中までに山手線の自動運転を実現する」という目標を立てていた。今年はその目標年にあたるが、完全自動運転を実現できていない。同社は今年9月に目標を再設定し、2035年度までに自動運転による無人運転を目指すとした。

2022年2月、JR東日本は山手線の営業時間帯で自動運転の導入に向けた試験を報道陣に公開した(写真:日刊工業新聞/共同通信イメージズ)

 自動運転・無人運転まで踏み込むには、車両技術のほかにも乗りこえなければならない壁がいくつかあった。山手線で自動運転・無人運転が試行されているのは、前述した3つの課題をクリアできる環境に近づいているからだ。

 山手線には駒込駅―田端駅間に踏切が1つあり、同踏切は廃止が決定して立体交差化の準備が進められている。また、ホームドアの整備は駅ホームから乗降客が転落することや落とし物などといった事態を回避できる。これも山手線では着実に整備が進んでいる。

駒込駅─田端駅間にある山手線唯一の踏切。同踏切は立体交差化が決まり、準備が進められている(2021年6月、筆者撮影)

 もっともハードルの高い課題が、他路線との乗り入れと特急列車などの運行をどうするのか? といった点になるが、山手線は他社線どころか自社線と乗り入れをしていない。全列車が各駅停車で運行されている。そうした点から考えると、自動運転・無人運転に適した環境だったと言える。

 東京・大阪などの都心部ではJRと地下鉄、大手私鉄と地下鉄が相互直通運転を実施している。これらは鉄道会社が異なっても乗客はいちいち乗り換えをすることなく目的地へ向かえるので、利用者にとって便利と感じるだろう。

 鉄道各社は自社の利用実態に応じて車両を設計している。そのため、ドアの数や位置、幅が異なっている。これらがホームドア設置の阻害要因になっていた。各社で統一する動きも出ているが、各社の思惑が必ずしも一致しないことから思うようには進んでいない。

 また、特急列車は着席移動が基本になるため、ドアは車両の前後にしか設けない。各駅停車などはスムーズな乗り降りができるようにドアの数を増やしている。こうした車両の規格・構造の差異もホームドアの整備を遅らせる要因になっていた。