1人の女性が日本社会でキャリアを形成しながら生きていくという事、そして希望
本書では、同じ様に悩む人々の役に立てばという著者の誠実な姿勢から、この他の個人の経験も淡々と、そして赤裸々に語られている。
そこから、さらに浮かび上がるのは、女性が家事/出産/育児とキャリアを両立させることの難しさと構造問題だ。
「家族も、企業も社会も、変わる必要があります。母親となる女性が経営者であろうと、どんな職業であろうと、シングル世帯であろうと大家族であろうと、過大な負担なく安心して子供を産み育てられることが重要です。そうでなければ、真の意味で職業選択の自由があるとも、子供を持つか持たないかを選ぶ自由があるとも言えないのではないでしょうか。
私が三〇代半ばだったとき、子供を持つかどうかを考えたことがありました。しかし、大企業の従業員としての安定もなく、単身で、向こう二〇年間健康でいられるかどうかの保証もない私には、子供を育て切る自信はありませんでした。
子育てと教育の成果についての世間の目の厳しさは恐ろしいほどです。しかし、本来その責任は、母親だけが背負うべきものではないのです。」(第5章 キャリアと人生と事業承継〜「個人」vs.「ファミリービジネス」)
しかし、グローバル競争の中での事業承継という困難な人生に立ち向かっていたその自身の前半生について、著者はこう総括する。
「私がファミリービジネスに関わらずに生きていたとしたら、もしかすると、もっとわかりやすい成功や幸せを手に入れることもできたかもしれません。
現実には、家族や家業を切り捨てることはできず、主観的には家業と家族のために尽くしていましたが、必ずしも理解されず、かえって憎まれ、叩かれ、世間の目にさらされ、さらには、父親から提起された訴訟で、三〇年間働いて蓄えたものもほとんど失いました。
家族や家業への貢献も中途半端なものになってしまったことには忸怩たる思いがあります。期待を裏切った人には申し訳なく思いますし、恥じる気持ちもあります。」(同)
これほどのハードシングスが、世の中にあるだろうか。
しかし、ある種壮絶な前半生ではあるが、それを「損得、幸不幸とは別の、人生の豊かさを得た」と別の形で表現をする。
「あまりハッピーとは言えないかもしれませんが、並外れて「豊か」だった前半生は、私が私の人生を意義あるものにするための材料を与えてくれたと考えるのが、私の選択です。」(同)
ここで、私の「想い」とせずに、「選択」と表現するのが、やはり「経営者」に育てられた「経営者」の言葉だと思う。経営は、現実と向き合った生身の人間の選択の連続だ。一橋大学の故野中郁次郎先生がいう様に、経営とは意志であり「a way of life」「人の生き方」そのものなのだ。
「家具から始まる家づくり」「家具のリユース、レンタル」……最後には大塚家具のDNAを残し、次世代に繋ごうとする著者の様々な積極的な現在の活動が紹介されている。
日本の会社の90%がファミリービジネスと言われ、100年以上の長寿企業も多く、それらの多くは地方に存在する。地方創生のためにも、経済の活性化のためにも、事業承継は重要な課題だ。また、生産人口の半分を占める女性が本当の意味で参画できる男女共同参画社会の実現は、日本経済の将来のためにも不可欠だ。
事業承継に悩む経営者はもちろん、キャリアにおける人生の選択で揺れる多くの女性、そして、自らのこれまでの人生を肯定し、新たな一歩を踏み出したいと悩んでいる全ての人に、本著は深く刺さる一冊となるはずだ。
安川新一郎マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社・シカゴ支社を経てソフトバンク株式会社に社長室長として入社、執行役員本部長、等を歴任後、次世代社会への投資と人材育成を目的としたグレートジャーニー合同会社創業。東京都顧問、大阪府市特別参与、内閣官房政府CIO補佐官、等として政府・自治体の課題解決にも取り組む。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。藤田医科大学客員教授。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth共同創業者兼特別参与。「BRAIN WORKOUT人工知能(AI)と共存するための人間知性(HI)の鍛え方」(KADOKAWA)を上梓。探求テーマは、AIなど汎用技術による人類の変革、仏教と東洋哲学、戦争の歴史と地政学、知的生産の技術の向上全般、より善く生きるための教養全般。
各界の読書家が「いま読むべき1冊」を紹介!—『Hon Zuki !』始まります
(堀内 勉:多摩大学大学院教授 多摩大学サステナビリティ経営研究所所長)
この度、読書好きの同志と共に、JBpress内に新書評ページ『Hon Zuki !』を立ち上げることになりました。
この名前を見て、ムムッと思われた方もいるでしょうが、まさにお察しの通りです。2024年9月に廃止になった『HONZ』のレビュアーだった私が、色々な出版社から、「なんで止めちゃうんですか? もったいないですよ!」と散々言われ、「確かにそうだよな」と思ったのが構想のスタートです。
私、個人的に「読書家の会」なる謎の会を主催していて、ただ定期的に読書家が集まって方向感もなくひたすら本の話をしています。参加資格は本好きな人という以外特になくて、私がこの人の話を聞いてみたいと思える人というかなり恣意的なのですが、本サイトの基本精神もそんな感じにしたいと思っています。
簡単に言えば、本好きという自らの嗜好に引っ張られ、書かずにはいられないという内なる衝動を文章にしたサイトというイメージです。もっと難しく言えば、カントの定言命令のように、書評を書くことを何かの手段として使うのではなくて、書評を書くことそれ自体が目的であるような、熱量の高いサイトにしたいということです。
それでまずオリジナルメンバーとしてお声がけしたのが、『HONZ』の名物レビュアーだった仲野徹先生と『LISTEN』の発掘で一躍本の世界の中心に躍り出た篠田真貴子さんです。まあ、本好きという共通点を持ったタイプの違う3人と思って頂ければ結構です。
ジャンルとしては、基本はノンフィクションで、新刊かどうかは問いませんが、できるだけ時事問題の参考になるものというイメージです。レビュアーの方々には、とりあえず3カ月に一回くらいは書いて下さいねとお願いしています。
少し軌道に乗ったら、リアルでの公開講演会とかYouTube動画配信とかもやっていきたいと思っています。出版社の方々とも積極的に連携していきたいと思っていますので、宜しくお願い致します。